2017年4月 5日 (水)

父がホームに入りました――その2――

(承前)

さて、2週間後に入居すると正式に決まったものの、ほんとうに入ってくれるのか。

まず妹ともホームの人とも相談して決めたのが「老人」と「ホーム」を禁句にするということ。今までこのふたつの単語には拒絶反応があったので、とりあえず避けようと。そこで、いつものように週末、買い物と食事のしたくに行ったとき「お父さん、この家寒いから、こんどホテルに行こうか。ヒノキ風呂もあるよ」と持ちかけてみました。(さっそく利用するヒノキ風呂。「ホテル」は、先輩から教えていただいたアイディアです。)

すると「ああ、それもいいね」と好感触(笑)。いい出だしです。

翌週には、妹とふたりでホームに出かけて正式契約をしました。こまごまとした説明を受け、ふたりで手分けしながら何種類かの契約書につぎつぎとサインしていきます。名前、住所、名前、住所、割り印、はんこはんこはんこ……。ペーパーレス社会はいったいいつ到来するんでしょうか?(ぜったい無理。)

支払いは、頭金をどんと払って月々の分を減らす方式もあるのですが、92歳ということもあって、頭金なしの方式を選びました。これをすんなり父の口座から引き落とせればいいのですが、ここでひとつ障害が。

父は通帳を何度も紛失し、作り直すとまた紛失。銀行印も紛失。キャッシュカードは作りたがらないので持ったこともない……というわけで、これまでも通院や買い物の支払いはわたしと妹が全部肩代わりしていました。2年ほど前に妹が一念発起して有給をとり、新しい印鑑を調達したうえで、父とともに郵便局に行って新しい通帳を作ったこともあったのですが、その場では発行してもらえず、その後実家に郵送されてきた引き替え用のはがきをまた父がなくしてしまったので、完全に心が折れて銀行関係は放置してあったのです。

そんなわけで「ホームに入ったら、成年後見人の手続きをしよう。それまではわたしが立て替える」と妹が提案してくれたので、その言葉に甘えることにしました。太っ腹の妹よありがとう。

引っ越しは2月12日。その前日に簡単な家具や寝具などを搬入し、12日日曜日、いよいよ作戦決行です。幸いにもいいお天気。これはほんとうに助かりました。

まずはわたしが一足先に実家に行って、着がえと食事をしてもらいました。じつはピンポーンといくら呼び鈴を鳴らしても、電話をかけても出ないので、「えっ、まさかお出かけしちゃった?!」とすごくドキドキしたのですが、寝ていただけだったようで、しばらくしたら玄関をあけてくれました。ふ~~。

そして、わたしが父とやりとりしているあいだに妹がやってきて、こっそり下着やら服やらを集め、必死にマジックで記名。前日、下準備に行ったとき、ホームの人から「服には記名をお願いします」と言われて、「それがあったか!」とのけぞったのでした(笑)。

そんな妹を尻目に、わたしはいよいよタクシーを呼び、父に「きょうお出かけしようか。タクシー呼んだから」と声をかけたら、すごくめんどくさそうな顔をして「おれはいいよ」と言われてしまいました。ひー (゚ー゚;

やばいやばいとあせりながらも、「でももう呼んじゃったから。タクシー好きでしょ? ほら、もう来たよ!」と、むりやり誘導。こりゃあもう、人さらいというか安寿と厨子王というか……(^_^;;。でも車に乗りこむと、「ああ、いい天気だねえ」と機嫌を直してくれました。ほんとによかったよ、お天気でsun

ところがここでまた小さなハプニングが発生。
タクシーで施設の名前を告げてもわからない様子だったので住所を伝えると、運転手さん、カーナビに登録して場所を確認してから「ああ、あの老人施設ですか!」と大きな声で言ったのです。うわわわわ! と、あせるわたくし。でも父は聞こえたのか聞こえなかったのか、なんの反応もなく外を見つめていました。ははは。

ホームは実家から歩いても行ける距離なので、5分ほどで到着。施設の人たちが迎えてくれて、まずはラウンジへ。ここにはコーヒーマシンがあって、入れたてのコーヒーを飲むことができます。

父はコーヒー好きで、かつては自分で豆を選び、ミルでひいて飲むような人だったので、逆に、気に入らないとちゃぶ台返しをします(^_^;; 数年前だったかな、「分梅(ぶばい)のコーヒー屋(たぶんタリーズ)でコーヒーを飲んだら、苦くて飲めたしろもんじゃない。こんなコーヒー飲ませるな!って言ってやったよ」なんて得々と語るので、真っ青になったことがありました。
だから、またちゃぶ台返しされたらどうしようと思ったのですが、「おいしいね!」と気に入った様子。そして「立派な建物だね」と「ホテル」に対してもお褒めの言葉が(笑)。よかった~。そうこうするうちに、担当の看護師さんが熱や血圧をはかりにきたり、問診に来たり。ホテルにしてはどうにもアヤシイわけですが、もうこまかいことは言わない。気に入ればそれでよしです。

こうやってしばらく時間をつぶしているうちに、妹が大荷物をかかえて到着し、わたしたちのうしろをこそこそと通りすぎて(笑)、部屋に荷物を搬入。わたしも父をラウンジに置いて部屋にかけつけ、ふたりで部屋をととのえました。

この日は、食堂のとなりの「ファミリールーム」で、3人でランチができるよう、前もってお願いしてありました。荷物などを片づけると、もうお昼近くになっていたので、ホームの人にお願いして、昼食をとることにしました。メニューは、ふわとろオムライス。スープとサラダ、デザートのフルーツつき。これも父は「おいしい」といって、完食しました。

そのあといよいよ部屋へ連れていくと、担当の若い男性のヘルパーさんが「だいぶおひげがのびましたね。剃ってさっぱりしましょうか?」と言ってくれたので、あとを託すことにして「また来るね」と、ホームを出ました。ミッション完了――ほんとに? こんなにあっさりでいいの?

こうしてこの日は、なんだか半信半疑のままホームをあとにしたのでした。

5日後。父が使っていたレンタルのベッドを回収してもらうため、わたしはまた実家をおとずれました。無事にベッドの解体と搬出が終わると、その下の掃除です。あらゆるものが落ちてます。硬貨、スプーン、なくしたと言っていたお財布……そして、箱に入った日記帳。ん?と思って日記帳を箱から引き出してみると、なんとそのなかから、かつて作り直したまま行方不明になっていたゆうちょ銀行の通帳が! 父は、はがきを持って郵便局に行き、自分で通帳をもらってきて、大切なものだからと日記帳にはさんだきり、しまいわすれてしまったんですね(^_^;; 

「うわあああ」とびっくりしながら妹にメッセすると「やった! それがあれば引き落とし登録ができるかも」とすぐに返信が。そして、週末、妹があらためて引き落としの手続きをしにホームに行き、父を訪ねると、すっかり満足して、落ち着いていたようです。

わたしも3月初め、父のもとを訪ねました。認知症フロアの人たちは、日中はみなラウンジにあつまって、いっしょにすごしています。集団生活がきらいだったはずの父も、ソファにすわっていたので、「部屋に行く?」ときいてみたら「ううん」と拒否。そっか。まあ、よかった。

こんなにあっさりと引っ越して、満足して生活してくれるんだったら、もっと早くやればよかったのかなという後悔も少しあります。でも、やっぱり家族のヒストリーがそれなりにあって、なかなかふんぎりがつかなかった。ちょうどいい潮時だったのかもしれないし、ぎりぎりの限界点だったのかもしれない。徘徊を繰り返すのは、だれもいなくて心細かったからというのが一番大きかったのかもしれません。

子育てに正解がないように、老人の介護にも正解はないよなあとしみじみ思います。

父は、近所のコンビニ(もとは御用聞きの酒屋さんだった)で「つけ」で買い物したり、おとなりの床屋さんに行ってから家に帰ろうとしたら鍵があかなくて入れないといって、床屋さんがわたしに電話をくれたり、近所の人たちにずいぶんと見守られていました。なので、ベッドを回収してもらった日、小さなお菓子を持ってお礼参りをしました。

まだまだ気になることはいろいろあるけど、週に2、3回はケアマネさんから電話がかかってくるような状態にくらべたら、はるかに楽になりました。ありがたや。前回たずねてからそろそろひと月になるので、また訪ねてみようかな。顔を忘れられないうちに。

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2017年4月 4日 (火)

父がホームに入りました――その1――

2011年末に母が亡くなってからずっとひとり暮らしを続けてきた父。

しだいに認知症が進行して「要介護3」になり、ヘルパーさんによるケアや訪問看護、デイサービスをフルに利用して、ここ2年ほどは日曜日以外毎日何かしらのケアを受け、その日曜日にはわたしと妹が交代で通って買い物と食事の用意をするという体制でどうにか乗り切ってきました。
叔母(父の妹)が5年前から近くのホーム(サービスつき高齢者住宅)に入っていることもあって、同じホームに入ってくれたらどんなに楽かといつも思っていましたが、実現はできず。それにはいくつかわけがあります。
ひとつは、本人が集団生活をひどくきらっていたこと。3、4年前に一度、夏の暑い時期を乗り切るため、老人ホームでのショートステイ(10日間の予定)を試したことがあるのですが、1週間めの朝7時ごろわたしの携帯に電話がかかってきて(ホームの人がかけて父に取り次いでくれた)「おれは帰るんだ! 何がなんでも帰るんだ!」とどなりまくるので、あわてて迎えにいったということがありました。そのときわたしは、たまたま法事で茨城にいたので、常磐線で上野へ、そこから新宿へ、さらに京王線で府中へと乗り継いで駆けつけたのですよ。父は若いころから唯我独尊の人。そこへもってきてこのときの顛末がわたしと妹にとっては一種のトラウマになり、よほどうまくやらないとホームに入れるのは難しいという印象を抱くようになりました。

もうひとつは、認知症が進行するにつれて徘徊がひどくなってしまったこと。叔母のいるホームは基本的に出入り自由なので、ホームのスタッフに相談したところ、やはり受け入れが難しいとのこと。昨年の秋には、某警備会社の経営する認知症専門のグループホームが近くにオープンしたので見学に行ったりもしたのですが、そこは各部屋の窓も5センチぐらいしか開かないようになっていて、徘徊対策は万全なものの、好き勝手に振る舞うのが好きな父が、こういうところで納得するだろうかと思うと、ふんぎりがつきませんでした。

そうこうするうちにも徘徊はどんどんひどくなっていきます。
しかも父の徘徊は、スケールがでかくて(?)、近くの府中本町の駅からタクシーに乗っていろいろなところへ行ってしまうのです。初めは年に1度ぐらいだったのですが、昨年は3月に横浜、7月には習志野(!)、8月には渋谷、12月には目黒と、すごく頻繁になりました。なぜかほとんどが月曜日で、訪問看護さんが「お宅にうかがったけどいません」とケアマネさんに連絡を入れ、そこからわたしに電話が来るというパターン。タクシーの運転手さんも、お金も持たずにふらふら歩いてくる老人をよく乗せるよなと思うのですが、父は、面と向かってやりとりするとすごくまともなのです(笑)。しかも本人は仕事に行くつもりでスーツを着込んで歩いているので、ついだまされちゃうんでしょうね。ところが2時間も走ってるとだんだんおかしいと思いはじめ、やがてお金を持っていないことに気づいて、現地の警察に駆けこむ。父は、名前や住所はちゃんと言えるので、府中警察に連絡が行き、そこから包括支援センターを経て、わたしに電話が来るのでした。

習志野と渋谷のときは、幸い父が行きの運賃を持っていたので、ひとりで往復してくれた(帰りの運賃はわたしがあとから振り込んだ)のですが、横浜と目黒のときは完全に無賃乗車だったので、わたしがそちらまで迎えに行きました。横浜のときは、府中に来る前(50年以上前)の任地だった大阪に行くつもりだったようです。運転手さんが途中で止まってくれてよかったけど、どうせならもう少し手前で気づいてほしかった(^_^;; 帰りの車のなかでもすっかり大阪に行った気分になっていて「大阪もずいぶん立派になったね」とご満悦でした(笑)。
目黒のときは、うちに電話が来たのが夜の8時すぎ。わたしが目黒に着いたのは10時前でした。目黒は、父の実家があったところなんですよね。徘徊のひとつの動機が「仕事に行かなきゃ」だとすると、もうひとつの動機は「誰もいない。みんなを探しにいかなきゃ」だったようなのです。帰りの車のなかで「節子さん(叔母のこと)と同じホームに入ればにぎやかに暮らせるよ?」と勧めたら「おれはそういうややこしいのはいやだ」というので「夜警察から電話がかかってきて迎えに行ったりするほうがよっぽどややこしいよ」と言ったら「それもそうだな」と珍しくすなおに言うので笑ってしまいました(と同時に、「ホーム」は禁句だったなと、ほぞをかんだわたくし)。

そして新年。月の前半を無事に越えたと思ったら、後半の月曜日は二度ともお出かけ。しかも二度目はおそろしく寒い日にもかかわらず近所を歩きまわって、寒さとお腹がすいたのとで道端にうずくまっているところを、通りがかりの人が見つけて救急車を呼ぶという騒ぎになってしまいました。夕方、例によってわたしの携帯に電話が来たのですが、かけてきたのはケアマネさんではなく、その上司の支援センター長さん。警察から「こういうことを繰り返していると死にますよ。早くなんとかしてください」と言われたから、施設を探すようにという通告でした。

けっしてほったらかしていたわけではなく、施設に入ってほしいのはやまやまだけど、ほんとうに入ってくれるかどうかわからないし、よさそうなところは空きがなくてウェイティングリストだし、締め切りも近いし……と、電話をもらったときには泣きたい気持ちだったのですが、妹に「これこれこういうわけで」と連絡すると、「とにかく探そう」ということで意見がまとまって、もうやるしかないと腹をくくりました。すぐ翌日にわたしの地元でサービスつき高齢者住宅(「サ高住」と呼ばれています)を1軒、翌々日に府中でもう1軒見学し、週末にも2軒見て、その2軒めに決めました(早っ)。府中は高齢者が多いから空きがないと思い込んでいましたが、実際に電話をしてみるとひと部屋ふた部屋空いているところはあるもんですね。ちなみに見学は、本人抜きです。
決めたところは「介護つき有料老人ホーム」。サ高住より高いのですが、父はそれなりにお金を持っているし(ただし「預金引き出せない問題」があって、それもハードルのひとつだった。これはつぎの記事で書きます。)廊下もラウンジも広くて開放的なのと、こまごましたところが豪華そうなのが、ポイント高かったです。「入浴は週2回、うちの1回はヒノキ風呂」とかね(笑)。
見学した翌日には施設の人が実家に面談に来てくれて、「2月中旬入居」が正式決定しました。

というわけで、本気でとりかかったらあっという間に入居が決まったのですが、問題はまた本人に伝えていないこと。面談のときも「今日は面談の人がくるよ」と伝えただけで、何の面談だかは話してなかったのです。果たして納得して入ってくれるのか……なんだか長くなってしまったので、つづきはつぎの記事に。(なんでこんなに長々と書いてるんだ(笑))

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2017年4月 1日 (土)

120年前の幽霊譚、途中経過。

昨年の11月からとりかかり、2月に締め切りだった120年前の本、いったん提出してからさらに3週間猶予をいただいて手元で改稿し、3月24日に納品しました。今はゲラが出るのを待ちながら、途中になっていたリーディングを片づけたり、積ん読の本を読んだり、映画を見たりという日々です。でも、やりたいことが多すぎて迷う結果、「うあー」となって結局こうしてブログを書いたりしてるんですよね。どうしたものか(笑)。

さて、ゲラ待ち中の本は、色別の童話集で有名なイギリスの文学者アンドルー・ラングが収集した世界各国の幽霊譚です。古い本だけに、込み入った書きぶりの部分も多々あって、英語そのものにも大変苦労したのですが、実話集なので雑誌や本からの引用やまとめが多く、それも苦労した点のひとつでした。
たとえば、ある本に掲載されていた幽霊譚の再話で「背の高い、男のような姿をしたもの」が、衣ずれの音を立てた、という話が出てきます。この部分の原文は'tall man-like figure'なのですが、訳しながらはたと手が止まってしまいました。「背の高い、男のような姿(あるいは人物)」? 人のようなぼんやりした姿が見えたことの描写として、「男のような」っていうのは、くくりが大きすぎてあまり描写になってない気がします。しかも「衣ずれ」ともうまく結びつかない。一見して男とわかる格好をしているのに、さらさらと音の立つような服を着ていた?? 
しかし古いがゆえにありがたいこともありました。それは、引用元の本や雑誌のかなりの部分が電子化されてウェブ上にアップロードされていること。問題の部分も出典を探し当てることができました。するとなんとこの幽霊は"tall and draped like a nun"つまり「背が高くて、尼僧のようなゆったりした服を着ていた」のです。あ~、それならすんなりイメージが浮かぶわ。比喩としても「尼僧のような」ならぴんと来ます。ラングさん、"man" と"nun"を見まちがえたのでしょうか?……昔の活字だとつぶれて読みにくかったかもしれないし、あり得ないことではありません。
もうひとつの悩みは、「重訳」でした。中国やロシア、アイスランドなどの伝承も数多くおさめられているので、各国語を英語に翻訳したものをさらに訳すことになります。
これは、かつてわたしが共訳者のひとりとしてたずさわった「アンドルー・ラング世界童話集」も同様でしたので、ある程度は割り切るしかないのですが、こんどの本はファンタジーではなく、多くが「実話」とされるものなので、調べられるかぎりは調べたい。たとえば『アイスランドの民話と伝説』(Íslenskar þjóðsögur og ævintýri)という物語集に掲載されている18世紀の「実話」の冒頭に'sheriff' と称される人物が出てきます。アメリカだと「保安官」と訳される役職ですが、英国では「州長官」を指すらしい。でも舞台はアイスランド。家に取り憑いた悪魔とsheriffが対峙する話なので、行政官よりは警察を兼ねた保安官的な役割のようにも読めます。
悩みながら、図書館で借りてきた『北欧アイスランド文学の歩み』(清水誠著、現代図書)という本をざーっと眺めていたら、アイスランドには'sýslumaður'と呼ばれる地方長官がいることが記されていました。そこではっと思いあたって、この物語のアイスランド語の原典(これもウェブ上にアップロードされている)の冒頭を見てみると、たしかに'sýslumaður'の語が。発音の仕方すらわからないけど(たぶん「シスルマズール」?)安心して「地方長官」と訳すことにしました。
……もうこのあたりになってくるとほとんど意地というか、地方長官でも保安官でもいいような気もするのですけどね。でも、細部を少しずつおろそかにすると、全体にゆがみが出てキレが悪くなると思うのです。とことんまで調べられるのはヒマな証拠でもあるので(笑)複雑っちゃ複雑ですが、手をかけられるかぎりはかけていきたいなと。
まだ第1段階が終わったところで、これからゲラのやりとりが始まるので、またがんがん直しが入るだろうと思いますが、わたしがたずさわった仕事のなかでもかなりユニークな部類に属する本なので、自分の心覚えも兼ねて、途中経過を記しておく次第です。

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2017年1月 7日 (土)

ニューヨーク&ニュージャージーに行ってきました

9月から夫がアメリカに赴任になって、今、マンハッタンの対岸(ニュージャージー州)でひとり暮らしをしているので、昨年の12月22日から27日まで、久しぶりのアメリカに行ってきました。

前回ニュージャージーにいたのは92年から93年にかけて。そのときは夫がコロンビア大学に留学していたので、家族で対岸のニュージャージー州フォートリーに住んでました。長男が6歳、二男が2歳、三男はまだ生まれてなかった(^_^;;

フォートリーはマンハッタンでいうとだいぶ上のほう、170丁目あたりの対岸ですが、今回のアパートはミッドタウンの対岸。窓から、そりゃあもう見事な夜景がおがめます。これでもマンハッタンのなかに住むよりは、若干安いそう。

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空港に着いたのは夜の7時ごろだったのですが、クリスマスのせいか入国審査がものすごい長蛇の列でなんと2時間もかかってしまいました(>_<) 荷物を預けず手荷物だけにしたのも意味なし。夕飯は降りてから食べられるかなと機内で食事をひかえめにしたのですが、家についたのは10時だったので、この日はビールと「緑のたぬき」で手を打ちました(笑)。おいしかったよ。

翌日(現地23日)は、さしたる時差ぼけもなく元気だったので、さっそくマンハッタンへ。アパートからフェリー乗り場がすぐ近くなので、フェリーでハドソン川をわたって、マンハッタンのなかは徒歩でまわります。便利。

おのぼりさんしました。

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ロックフェラーセンター。写真や絵で何度も見てるけど、「ほんとにスケートしてる~」みたいな感じで確認(笑)。

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日本食の店は、23年前にくらべてずいぶん増えたなと。ちょっと謎な店も多めでしたが。でも以前のように、社用族むけの高級な日本料理店プラスラーメン屋が1、2軒というのではなく、現地の人がふつうに楽しめる店が多くなった印象。

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ミッドタウンは、お店のエントランスがみな華やかに飾りつけられていて、どこもクリスマス気分満点。買い物しなくてもおなかいっぱいになりました(笑)。ただトランプタワーのとなりのティファニー(右の写真)だけはかなりとばっちりを食っている印象でした。写真ではよくわかりませんが、いまも歩道にマシンガンを持った警備員が構えているという警戒ぶりで、「ティファニー」って言わないと通してくれません。店の中に入ると、ティファニーブルーのスカーフをした店員さんたちが満面の笑みで迎えてくれるのですが、その雰囲気の落差がかえって異様さを引き立てていました。お気の毒です。

こうして、この日は町をぶらぶらしたあと、小籠包の店で会社の人と落ち合い、おいしい中華料理で遅めの昼食をいただきました。夜は家に帰って、昼間日本食スーパーで買ったお寿司とビールとおつまみで終了。夢の生活だな(笑)。

24日クリスマスイブは、朝からけっこうな雨で、こんな感じ。

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そこでまずは近所のスーパーで食品などを購入。9時前というかなり早い時間にいったのに、どこもわさわさしてました。やっぱり24日って日本の大晦日の雰囲気なんですよね。みんなプレゼントとか、食べるものとか、最後の買い物に走り回ってる。

そんななか、あーやっぱりアメリカだなと思う商品たち。

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こんな色のアイシングってありですか? あと右のベーグルもすごい(これは、翌日フォートリーの店で見たもの。ベーグルなんですよ、これ。レインボーベーグルって書いてあった。) 

日本食スーパーは便利だけど、やっぱり現地のお店もおもしろいな~。もっとゆっくり見たかった。

午後から少し天気が回復してきたので、「そうだ近代美術館に行ってみよう!」と出かけたら、チケット売り場がものすごい列で断念。「じゃあ自然史博物館はどうかな」と地下鉄でアッパーウェストに回ってみたけど、そっちも大混雑で断念(>_<)。ニューヨーカーは、クリスマスイブに博物館に出かけるものなのか? 

そんなわけで、この日もただのぶらぶら歩きになりました(笑)。

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そうそう、ミッドタウンでおそば食べたんだ。ちょっとそば粉少なめ?だったけど、出汁はおいしかった。店員がアメリカ人のおねえさん。

Dsc_0493_r セントラルパークの観光馬車。白馬がすてき。

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アッパーウェストの老舗デリカテッセン〈ゼイバーズ〉。もう、これでもかっていうくらい混んでて、アメ横みたいな雰囲気でした。以前フォートリーに住んでいたときは、たまにここでチョコレートケーキやベーグルを買ったりしてました。ほかにも興味深い、おいしそうなものがた~くさんあるのですが、どれもこれもほしいものばかりだと、結局ながめるだけで終わっちゃうのよねえ。混んでたし。

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人でごった返しているミッドタウンとちがって、アッパーウェストは静かな住宅街の趣き。道標が茶色の地区は、風致保存地区なのだそうで(ほかのところは道標が緑色)それもあって、昔ながらの町並みが残っているようです。

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ふらっと立ち寄ったカフェ。カプチーノとデニッシュ(「アップルシナモンバン」)がばつぐんにおいしかった。あと、トイレがきれいで感心しました。(Cleaning Logというチェック票が貼ってあって、何時にトイレ掃除したかこまめに書き込んであった。)前日、ミッドタウンで入ったおしゃれなカフェは、トイレがめちゃめちゃ汚かったんですよね。以前ならこれがアメリカ基準だよなあと思うところなんだけど、じつはフェリー乗り場のトイレもすごくきれいに掃除されていて、ちょっと意外でした。昔は港とか川べりなど、水辺は治安が悪くていろんなメンテナンスもされていない印象だったので。再開発の成果なのかな。

そのあとこのカフェから歩いてちょっとのところにある書店、バーンズ&ノーブルで児童書を何冊か購入。こういうところで本を買って読んだら運命の出会いが!……な~んてことがあったら夢のようなんですが、読んでみたらまあほどほどでした。うん。また次さがそう(笑)。

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イブのマンハッタン夜景。この景色だけでワインのつまみになる。(どんな感想だ。)
夜はアパートの近所のギリシア料理レストランで。おいしかったけど、何しろ量が多い。リゾットなんか、食べるそばから増殖してるような気がしました(笑)。おいしかったんだけどね。

さて、初日はなんでもなかった時差ぼけですが、日を経るにしたがって、どんどん早く目がさめるようになりまして、25日クリスマスの日はもう午前4時には寝るのをあきらめてバーンズ&ノーブルで買った本を読んでました。

でもそのおかげでこんな光景が。

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左の写真の月とマンハッタンを見てると、80年ごろにはやったクリストファー・クロスの歌(映画『アーサー』のテーマ)を思い出します。
"If you get caught between the moon and New York city. The best that you can do. The best that you can do is fall in love. "

まあ、なんだかんだ特別な街ですわな。

そして、フェリーで行き来してあらためて思ったのですが、ハドソン川を越えてニュージャージーに戻ってくるだけで、なんか少しほっとするような、田舎ふうな雰囲気に包まれるんですよ。千葉とか埼玉みたいな感じ。ふしぎです。

25日は、そのフェリーもお休み。お店も、日系や韓国系の店以外は休みです。ほんとに元旦みたいな雰囲気。

じつは、わたし、2009年からメジャーリーグを真剣に見るようになって、ボルティモア・オリオールズのファンになったのです。今回、ぜひボルティモアに聖地巡礼に行きたくて、この25日に行こうかどうしようかと真剣に悩みました。でもNYから車でも電車でも3時間~4時間ということでけっして近くはなく、また時差ぼけも極限に達していたので、あきらめることにしました。つぎは野球のシーズン中に、ちゃんと計画を立てて行きたいです。

そんなわけでこの日はのんびりと近所を散歩。とても暖かい日で、しばらく歩いたら汗ばむほどでした。夜はおうちごはん。前の日にWholeFoodsという食品スーパーで買ったラム肉。やわらかくておいしかった。

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で、もう翌日26日の朝、JFKに向かって帰国の途へ。こうして振り返ってみると、あわただしい旅だったな~。でもまあ、ひとり暮らしの父もいるし、家にねこもいるし(ねこは息子たちが面倒を見てくれるけど)今回はこれでいっぱいいっぱいでした。

そして帰ってきたら、こんどは朝、寝すぎる時差ぼけが発生。じつは大晦日にベートーベンの全曲演奏会というすごいコンサートに行ったのですが、朝10時ごろに家を出るつもりが、なんと11時半まで寝てしまってびっくり。一緒に行く長男に「起こしてよー!」と文句を言いつつどたばたと駅までたどりついたら、なんと9時半に事故が発生してようやく電車が動き始めたところだったという……10時に家を出ても電車止まってたね……かえってよかったのかも……という不思議なオチで締めといたします(笑)。ベートーベン、すごくよかったです。また行きたいな。コンサートもアメリカも。

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2016年11月19日 (土)

昔の本を訳してます

2月に大学の仕事に区切りをつけ、その後、きんぎょ、アリス、アナ雪と3冊訳し終えたら、ぽっかりとヒマになってしまいました。

なーんとなく、そうなるんじゃないかという予感がしていたんですが(笑)。ほんと、やあね、フリーランスって。
しかし、まあ、ただ座って待っていても仕方がないので、訳稿が手を離れるころからまた持ち込みやリーディングというおなじみの活動を再開しました。リーディングというのは、出版社から預かった原書を読んで、内容をまとめ、かんたんな感想をつけたレポートを作成するというお仕事。おもしろい本に当たれば、ここから翻訳の仕事につながる場合もありますが、なかなかそういうわけにはまいりません。
今年は6月末から10月末までの4か月で12冊リーディングしましたが(月に3冊ですね。わりとがんばったほう)初めが面白くてもどんどん荒唐無稽になってしまったり、面白く読みおえることができても、いざ翻訳出版の対象として推せるかどうかということになると「うーん」と首をひねらざるを得なかったり。しまいには、「こんないじわるな読み方をしているわたしは、もしかしたら性格が悪いんじゃないか」なんて思えてきたり。(そんなふうになってきたら、少し気分転換に面白い本でも読んだ方がいい。)
でもそうやってリーディングしたなかから、1冊出版が決まって、11月から取りかかっています。
120年前にイギリスで書かれた大人向けの本で、物語ではありません。ジャンルは……なんだろう、エッセイ? 当時の社会常識を元に書かれた文章なので、ちょっとした比喩のなかにぽんと出てくる人名がわからずにずーっと調べまわったりして、けっこうたいへんです。「○○卿のように皮肉屋で」みたいな感じで。名前の主がわかっても、その比喩は現代人には通じん!と苦笑したり。原註もたっぷりついている作品なので、あまり訳注だらけにするわけにもいかないし、どこまで説明するか、あるいはさらっと流すか、悩みながらの作業です。
でも、そういうのいやじゃないっていうか、むしろ楽しいんですよね。
ぜったいに読みやすくしちゃる! という翻訳者根性を刺激されます。(なんて大きなことを言って、読みやすくならなかったら大笑いだけど。)
そんなわけで、児童書でも物語でもありませんが、がんばって作業中。2月ごろまでかかる予定です。
ところでわが家は、目下、いろいろ流動化しとります。
9月からダンナさんがアメリカ駐在(ニュージャージー州)になりまして。本来ならついていくところなのですが、ひとり暮らしの父がいて、日曜日は妹と交代で実家に行かなくてはならないし、緊急の呼び出しもちょいちょい来るという状態なので、ちょっと難しい。
ねこもいるし。
そんなこんなで、夫はアメリカ、わたしと息子ふたりとネコが埼玉。三男は、ダンナとふたり暮らししていたアパートにそのまま住んでいて都内という状況(でもこのアパートもどうするか……)。
クリスマスには、5日間ほどダンナさんのところに行ってこようと思ってます。
ほんとはメジャーリーグのシーズン中に行きたいんですけどね(笑)。来春が狙い目。
不安要素もいろいろあるんだけど、「どうなっちゃうんだろう」と考えはじめるとどんどん縮こまってしまうので、「なんとかなるさ」の精神で生きております。(適当だな!)
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さっき、だんなさんからバースデーの花が届きました。だんなのバースデーは10日前だったんだけど、わたし見事に忘れたんですよね(>_<) いつもごめん。

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2016年6月 9日 (木)

おならをするきんぎょのおはなし

アリスとちょうど同じころに作業をしていて、ひとつゲラを返すともうひとつが来るというぐあいに(わたしは心のなかで「ゲラのフーガ」と呼んでいた)うまーくからみあっていた本ができあがりました。

pisces『ペットのきんぎょがおならをしたら……』pisces
(マイケル・ローゼン作 トニー・ロス絵 徳間書店)

作者のマイケル・ローゼンは、『きょうは みんなで クマがりだ』(ヘレン・オクセンバリー絵 山口文夫訳 評論社)でおなじみ。我が家でもずいぶん読み聞かせをしましたし、児童館や小学校の読み聞かせでも、何度も使わせてもらいました。

絵を描いたトニー・ロスも、たのしい絵本をたくさん作っています。わたしは『ひみつのパーティーはじまるよ!』(リンゼイ・キャンプ文 吉井知代子訳 文溪堂)や、『どうして?』(リンジー・キャンプ文 小山尚子訳 徳間書店)、『びっくりめちゃくちゃビッグなんてこわくない』(金原瑞人訳 小峰書店)などがお気に入りでした。

  

まさにゴールデンコンビの作品です。

「きんぎょ」の原書は、さし絵がたっぷり入った、76ページの短い本。絵本よりは字が多いけれど、字だけのページが2ページつづくところはありません。ひとり読みをはじめたばかりのお子さんにも、ご家庭での読みきかせにもぴったりの読み物だと思います。

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これが原書の1ページめと2ページめ。

きんぎょのはなしなのに第一声は"Elvie wanted a puppy." (「エルビーは子犬がほしくてたまりません」)なんです。

どゆこと? つづきは、ぜひ、本を手にとってたしかめてください(笑)。

ところで、このページでは、上から順に地の文と絵があり、その下に手書きっぽい文字で、エルビーの心の声がしるされています。

この心の声の部分を左右じーっと見比べてみてください。1カ所だけちがっていて、あとは同じだということがわかるでしょうか? 

そう、"And she said yes????!!!" と "Yes!!!" だけがちがっていて、あとはいっしょなんです。

子犬がほしくてたまらないエルビーが、ママにそういうと、ママがあっさり「いいわよ」というのが1ページめ。そして、ママが子犬をかいにいくのが2ページめ。それぞれのページの心の声をわたしはこんなふうに訳していました。

1 わあ! ホントに? 子犬かってもいいの?

  ママったら「いいわよ」だって!!

  もう、めちゃめちゃサイコー!

2 わあ! ホントに? 子犬かいにいくの?

  たのしみー! 

  もう、めちゃめちゃサイコー!

つまり原文と同じように、2段めのところだけちょっと変えて、あとは基本的に同じように訳したつもりでした。ところがここで編集部から重要な指摘が入ります。

「1ページめの文と、主人公エルビーの表情が合ってない!」

たしかに、いわれてみれば、これはどう見ても「もう、めちゃめちゃサイコー!」という顔ではありません。でも文章には"How brilliant is that?" (直訳すれば、「とってもすてきじゃない?」ぐらいの意味)とあります。

どゆこと?

う~んと悩んだり、あれこれ調べたりしたあげく、ハッ、と気がつきました。

同じ"How brilliant is that?" が、1ページめと2ページめでは逆の意味で使われているんだ! 2ページめはほんとに喜んでいるけど、1ページめは、本心で「すてき!」といっているのではなく、ちょっと皮肉めかして「やばくない?」ぐらいの意味でいっているんだ……。

英語では、たとえばうれしくないときに "Thank you very much."とあてこすりをいうような、そんな言葉の使い方がちょくちょくあります。そのことは知識として知っていたのに、ころっとだまされていました。ううう。

といっても子どもの本ですから、「まじ? やばくない?」なんて訳すわけにもいきません。

ストレートに、「ママったら『いいわよ』だって。ほんきかなあ……?」と訳すことにしました。

そんなわけで、ゲラをやりとりしながら編集部にも何度か通い、担当の市川夢さんと直接顔を合わせて、文章も、絵の配置その他も、こまかく検討してようやくできあがったのが、この本です。

子犬がどうしてきんぎょにばけたのか、そしてきんぎょがどうしておならをするようになったのか、気になった方はぜひ読んでみてくださいね。とても楽しい作品です。

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オレンジ色のきんぎょは、フェルト製のブローチ。かわいいですpisces

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2016年6月 6日 (月)

ハイティー、それとも、アフタヌーンティー?

アリスねたをもうひとつ。

『ふしぎの国のアリス』で連想ゲームをしたら、ぱっと思い浮かぶものは、なんでしょう?

おそらくチェシャ猫が上位に来るでしょうが、それについで「お茶会」も上位に入るのではないでしょうか。

映画『アリス・イン・ワンダーランド』でも、正編、続編ともにこのお茶会の場面を取りあげています。でも今回ノベライゼーションを訳していて、おやっ? と思ったことがありました。

原作『ふしぎの国のアリス』では、帽子屋(Mad Hatter)たちのもよおすお茶会の時間は「ずっと6時のまま」("It's always six o'clock now.")です。「時間さん (Time)」がへそをまげたため、時間がすすまなくなってしまったのです。

いっぽう、『アリス・イン・ワンダーランド~時間の旅~』にも「時間の番人タイム」を怒らせて、お茶会の1分前で時間が止まってしまうという場面があるのですが、その時間は3時59分。つまり夕方の4時がお茶会の時間なのです。

さらにおもしろいのは、もともとノベライズの原稿では、原作に合わせて6時1分前になっていたこと。つまり映像化する課程で6時から4時へとお茶会の時間が変更されたことになります。(ふつう「ノベライズ」といったら、映画を小説に直すということなのですが、この作品の場合は小説版のほうが先にできていたようです。)

どうしてこのような変化が起きたんでしょう。

ていうか、そもそも原作のアリスのお茶会ってなんだったの? ハイティー、それともアフタヌーンティー? 
……と、知ったふうに書きましたが、ハイティーとアフタヌーンティーって何? 

これまでにも何度か「お茶会」についての説明は読んだことがあるのですが、読んでも読んでも忘れてしまう(笑)。自慢じゃないけどイギリスには一度も足を踏み入れたことがないので、どうも英国文化にうといという……いいのか、この仕事をしているのにそんなことで!  ということで、今回もう一度あらためて茶会の歴史について調べてみました。

で、ざっくりまとめますと、アフタヌーンティーというのは、上流階級のあいだでたしなまれたお茶会。1840年ごろにベッドフォード公爵夫人、アンナ・マリアという人が、お茶といっしょにケーキを所望したのが最初で、それが上流階級のあいだに一気に広まったといわれています。

というのも当時の貴族は、軽い昼食をとったあと、夜にオペラなどを楽しみ、そのあと8時とか9時とか10時とかになってから夕食を食べたので、夕方にとてもお腹がすいてしまったのですね。その空腹をうめるためにケーキなどの甘いお菓子や、キュウリをうすく切ってパンにはさむ、上品なサンドウィッチを食した。これがアフタヌーンティー。

いっぽうハイティーというのは、労働者のお茶のことを指していました。貴族たちがアフタヌーンティーをたしなんでいたのと同じ1800年代後半、産業革命の進行にともなって、工場労働者は5時ごろまで働いて、家に帰るとすっかりお腹がすいていました。だから午後6時ごろに、パンとバター、それから経済状態によって、サラダやミートパイ、ハムなどをともなうしっかりした食事をとり、濃いめのお茶を飲んだ。これがハイティー。ダイニングテーブルの、背の高い椅子にすわって飲むお茶だからそう呼ばれたといわれています。

アリスの原作のお茶会は6時はじまりですから、時間としてはハイティー。でもお茶とバタつきパンしかならんでいないので、中身はアフタヌーンティーに似ています。へんなの。……って、そもそもが "A Mad Tea-Party (おかしなお茶会)" なので、ヘンであることが大前提なんですけれど。

考えてみると『ふしぎの国のアリス』の原著が出版されたのは1865年ですから、お茶会というものが広く行われるようになってから、それほどたっていなかったともいえます。当時はどんなふうに受け止められたんでしょうかね。

でもって、これが映画ではアフタヌーンティーの時間帯である4時に変えられているのはなぜなのか。想像ですが、この映画の作られたアメリカではお茶会といえば英国風の優雅なもの(つまりアフタヌーンティー)というイメージが強いからではないでしょうか。しかもアメリカでは、元は労働者のお茶だった「ハイティー」も、 "high" という言葉の語感から、「フォーマルで上品なお茶」と解釈されたといわれています。「ハイティー=アフタヌーンティー」という混同が起こってしまったのです。

そういえば、最近読んでいたアメリカのYA小説 "Goodbye Stranger"(2015年 レベッカ・ステッド作)にもこんなやりとりがありました。主人公のお母さんはチェロ奏者で、結婚披露パーティーなどでチェロを演奏します。そういうイベントについて娘に説明する場面です。

「――それでね、結婚式の翌日には、“ハイティー”があるの」
「ハイティー? なにそれ?」
「豪勢なおもてなしみたいなもの。ちっちゃいサンドウィッチや焼き菓子なんかがどっさりならんでいてね。それでお茶をいただくわけ」

アメリカにおける「ハイティー」のイメージがよくわかります。

いっぽうイギリスの田舎では、"high" をつけずに"tea" だけで「夕食」をさす場合もあるようです。『思い出のマーニー』 (When Marnie Was There 1967 ジョーン・G・ロビンソン)では、"tea" が、場面によって「お茶会」と「夕飯」のふたつの意味に使い分けられています。

主人公の少女アンナは、ロンドン育ち。友だちづきあいが苦手で、「パーティーとか、仲よしの友だちとか、お茶のお呼ばれなどは、ほかの人たちに向いていることだ」と考えています。このときの「お茶のお呼ばれ」が "going to tea" で、これは明らかに「アフタヌーンティー」のようなお茶会でしょう。

このアンナがぜんそくを発症して、転地療養にいくのが、海辺の田舎町であるノーフォーク州のリトルオーバートン。(架空の町ですが、バーナムオーバリーという土地がモデルになっています。)ここでアンナのめんどうを見てくれるペグさん夫妻は、夕飯のことを"tea" と呼びます。

She discovered her "tea" -- a mountain of baked beans alongside a kipper, and a sticky iced bun
(アンナは「夕飯」を見つけた。べークトビーンズがひと山と、そのわきにニシンのくんせいが一切れ。さとうをまぶしたべとべとの菓子パンもある。)

わざわざ "tea" と、引用符がついているところを見ると、ロンドンっ子のアンナにとって、夕飯を tea と呼ぶのは、ちょっと耳慣れないことなのでしょう。ざんねんながら日本語訳ではそこまで出せませんでしたが、興味ぶかいことだと思います。

というわけで tea という単語ひとつとっても、これだけ考えたり調べたりすることが必要になります。これで、調べたことをぜんぶおぼえていられたら、すごい物知りになれるんですけどねえ。ざんねんながら毎回ひとつの仕事が終わるときれいさっぱりわすれてしまうので、また一から調べなおし。

というわけで、自分のための覚え書きとしてまとめてみた次第です。

【追記1】 

現代のロンドンでも、ふつうに"tea" を「夕食」の意味で使うと教えていただきました。やはり前後や状況をたしかめて判断するしかなさそうですね。

【追記2】 

英国圏であるオーストラリアでも"tea"を「夕食」の意味で使うようですね。高校時代にクイーンズランド州の田舎町にホームステイしていた友人の翻訳者さんの体験では、「夕食」が"tea"で、休みの日に家で食べる昼食が"dinner"。そして"lunch"は、お弁当やファストフードなど、外でかるく食べる昼食を指していたとのこと。

わが家では、だんなさんが4年間シドニーに単身赴任をしていて、わたしも年に1度ぐらいはシドニーをたずねていましたが、あまり現地の人との交わりはなかったので(1、2度お呼ばれしたけど、日常生活に触れる機会はなかった)気がつきませんでした。でもウェブサイトで見ても、やはり夕食がteaというのは、今でも一般的なようですね。

ちなみに上でも書いたように、アメリカでは"tea"はあくまでも「お茶会」だと思いますが、昼食を"dinner" と呼ぶケースは、あります。とくに、農家などで昼にしっかりした食事をとって午後の仕事に備えるような家庭では、昼食がディナー。わたしは大学時代にミズーリ州立大学に1年間留学していましたが、そのときのルームメートだったジョイスの家庭がミズーリ州の農家で、昼ご飯がディナーでした。

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『アリス・イン・ワンダーランド ~時間の旅』

今年に入ってから訳したものが、6月に2冊刊行されることになっているので、きょうはそのうちの1冊、『アリス・イン・ワンダーランド 〜時間の旅〜』(角川つばさ文庫)について、あとがきに書き切れなかったことを記しておきます。

本書は、日本では7月1日に封切られる同名映画のノベライゼーション。完訳版です。(映画のスクリプトに合わせて多少調整はしてありますが、原文を最大限生かしてあります。)映画のほうは、ジョニー・デップ(ハッター)とミア・ワシコウスカ(アリス)主演で、2010年に第1作が封切られて話題になりました。今回の第2作は5月末にもう本国では封切りになっていて、出だしの興行収入はXメンに負けてるみたいなんですけど、日本ではどうかな。がんばってほしいです。
仕事の依頼をいただいたのが2月半ば。初稿まで40日ほどという(マーニーほどではないにしても)比較的タイトなスケジュールだったうえ、もうひとつ低学年むけの読み物を訳しているところでもあったので、同じやまねこ翻訳クラブの児玉敦子さんと赤塚きょう子さんに分担訳とお互いの訳文チェックをお願いしました。これで訳出という最初の難関はかなりスムーズに乗り越えることができました。あとがきが短くてお名前を記すスペースがなかったので、あらためてこちらでお礼を申しあげます。
映画『アリス・イン・ワンダーランド』シリーズは、ルイス・キャロルの原作とはまったくべつのお話です。主人公のアリス自身がすでに大人になっていて、第1作では19歳。この第2作では22歳。同じなのは主要登場人物の名前ぐらいなのですが、そうはいいつつも、要所要所で原作のアイディアをうまく取り込んでいます。たとえば第1作には、アンダーランド(この映画では「ワンダーランド」ではなく「アンダーランド」なんです)をおびやかすおそろしいドラゴン「ジャバウォッキー」が登場しますが、これは『鏡の国のアリス』の冒頭に出てくる詩からとったもの。そして今回の第2作でも、「時間の番人タイム」というキーパーソンが、『ふしぎの国のアリス』のお茶会での会話をもとにして生み出されています。(これについては、あとがきでも触れました。)
また、アリスを若い女性にしたのも、案外、原作からヒントを得てのことかもしれません。『ふしぎの国のアリス』でウサギ穴に落ちたアリスは、薬を飲んで大きくなったり小さくなったりをくりかえしたあげく、こんなことをつぶやきます。

Who in the world am I? Ah, that's the great puzzle!'
(いったいわたしはだれなの? ああ、さっぱりわからない。)
原作のアリスは7歳なのですが、まるで思春期の少女のような疑問を抱くのですよね。
そこをとらえて描き込んだ結果、19歳でいきなり結婚を申し込まれて、「わたしはどんな人生を望んでいるんだろう」と思い悩む少女(映画第1作)の物語が生まれたのではないか……。そんな想像がふくらみます。

そして今作は、アリスが船の上で躍動するシーンからはじまります。じつはアリスは第1作の最後で、父の形見である帆船〈ワンダー号〉に乗って船出し、船長として活躍していたのです。ところが3年後の1868年、ビクトリア朝の英国に帰国したとたん(日本ではちょうど明治維新の年ですね)、「船長」という地位は剥奪され、たんなる「行き遅れの若い女」としてしか見てもらえなくなる。ふたたびアリスは「わたしはいったい何者なんだろう」と思い悩むことになるのです。

一見、原作とはかけはなれた設定のようにも見えますが、どこか深いところでつながっているようにも思える……。それだけルイス・キャロルの原作に、いろいろな解釈をゆるす深みがあるということなのかもしれません。
ほかにも映画には、ボロゴーブ鳥やカエル男など、原作ファンなら「ああ!」と気づく小ネタがたくさんちりばめられているのですが、ひとつおもしろいなあと思うのが、アリスが鏡を通り抜ける場面で、暖炉の上に置かれている時計です。

これが原書版のテニエルのさし絵。
じつは文章では単に "clock" となっているだけで、どのような時計かくわしく描かれていないのですが、さし絵ではつり鐘型のガラスをかぶせた置き時計になっています。

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そして、映画の鏡の間に置かれているのも、やはり、ガラスをかぶせた置き時計(画像がなくてすみません)。原文には、直接そう書かれていなくても、テニエルのさし絵のイメージが脈々と受けつがれているんですね。
こんなふうにして原作をうまく取り入れながら、べつのストーリーにしたてた『アリス・イン・ワンダーランド』。ノベライズ版は、映画ともまた微妙に筋立てがちがうと思います。
原作ファンのかたも、映画が気に入られたかたも、どうぞノベライズ版を手にとってみてくださいね。本は6月15日発売、映画は7月1日封切りです。

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2015年3月23日 (月)

若草、マリゴールド、そしてエルサとアナ

1月から訳書が4冊出ています。

何年も前に着手しながら停滞していたものにようやく本格的にとりかかって、昨年夏から秋にかけて詰めの作業を行ったのが『マリゴールドの願いごと』(小峰書店)。こちらは池上小湖さんとの共訳です。
「マリゴールド」の初稿を出してからとりかかり、ゲラが交互に出ていたのが『新訳 若草物語』(角川つばさ文庫)。この2冊は1月の15日すぎに出版されました。
上記2冊のゲラがほぼ終わってから、12月に取りかかったのがアナ雪の「後日譚」という位置づけの『愛されるエルサ女王』と『失われたアナの記憶』(いずれも角川つばさ文庫)。こちらは3月15日に発売になりました。12月は、これと並行して、子ども向けのアインシュタインの伝記も訳していたので、なかなか大変で、年賀状書きもあきらめてしまいました。ちなみにアインシュタインの二人めの奥さんの名前はElsaです。(発音は「エルザ」のようです。午前中アナ雪、午後からアインシュタインという時期もあったので、ふたりのElsaにひとりでふふっと笑っていました(笑)。
せっかくなので、それぞれの本のちょっとした裏話などを記しておこうかと思います。

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『マリゴールドの願いごと』(ジェーン・フェリス作 小峰書店』
主人公は、小さいとき家出して、森でトロルにひろわれた少年クリスチャンと、川向こうのお城に住むマリゴールド姫。クリスチャンは、トロルのエドと、2匹の犬といっしょに幸せに暮らしていましたが、自作の望遠鏡で川向こうのお城の様子をながめているうちに、いつもさみしそうにしているマリゴールド姫に恋をしてしまいます。あるときふと思いついて、エドの飼っている伝書バトでメッセージを送ったら、おどろいたことに姫が返事を返してくれました。そこからふたりのあいだにPメール(ハト=ピジョン のメールなのでそう呼ばれています)のやりとりが始まります……。
ストーリーは、おとぎ話そのものなのですが、クリスチャンもマリゴールドもギリシア神話を愛読していたり、エドがことわざ好きで、しかも必ず少し言い間違えるクセがあったり、と、本や言葉への愛や興味があちらこちらにちりばめられているのが、おもしろいところ。それが、主人公たちの、明るくてどこか現代的なキャラクターにもつながってきます。
苦労したのは、トロルのエドの言いまちがい。「ブタに小判」「身から出たかび」など、まるで息をするようにいいまちがえます。その原文は、たいてい2つのことわざをまぜこぜにしたもの。まずオリジナルのことわざをつきとめて意味を確認(これはほとんど池上さんに教えてもらいました)→それを日本のことわざのいいまちがいに翻訳→ただし日本語でも何の言いまちがいだかわかるように→もちろん文脈にも合うように。
なかなかすべてぴったりとはいきません^_^;; 
クリスチャンとマリゴールドがPメールのやりとりをするうちに、マリゴールドに「つまらない冗談」を飛ばすクセがあることもわかってきます。これもほとんどが、英語の親父ギャグ(姫なのに ^_^;;) 「つまらない」と原文にあるので、つまらなくてもいいのですが、あんまりつまらなすぎても読む気が失せてしまうので、こちらもけんめいに頭をひねりました。ひとつだけ、原文つきで実例を。
Can you get fur from a skunk?
Yes as fur as possible.
スカンクって、えり巻きにできる? 
むりだよ。遠巻きにするだけ。

原文で "Yes" と言っているところを「むりだよ」と、否定に訳していますが、主眼はジョークにあるので、そこは気にしないということで。これがおもしろいかおもしろくないかは、読者の判断にゆだねますが(丸投げ(笑))、とにかく翻訳作業は、全編にわたって、こういう楽しい悩みの連続でした。あまりむずかしく考えずに、ただただ楽しく読んでいただきたい作品です。

『新訳 若草物語』(L・M・オルコット作 角川つばさ文庫)
言わずと知れた名作。ただし完訳ではなく、3分の2程度に縮めた抄訳です。カットする箇所は、ほかの抄訳版などを参考にしながら、自分で決めました。ストーリーラインだけでなく、こまやかな心の動きができるだけ伝わるよう、たとえばジョーがお母さんの前で自分の短気を悔いて泣く場面や、それにリンクして、母が腹を立てて口をぎゅっと結ぶ場面(全編を通じて何カ所かあります)などは、そのまま残しました。長女のメグがブルックさんにひかれていく様子、それにジョーがやきもきする様子も、ただ筋として残すだけなく、会話と描写をできるだけそのまま残しました。(イラスト入りの児童文庫なので、長さとのせめぎ合いは、なかなか苦労するところです。)

『若草物語』というと、「お父さま」「お母さま」「お姉さま」というのが、定番になってきましたが、1868年(日本では明治元年)の出版とはいえ、英語には古めかしさがなく、またマーチ家は、いわゆる上流階級ではなくて(おとなりのローレンス家や、メグがおよばれするモファット家などとの対比も出したいところ)、4姉妹はケンカもすれば、ほしいものが買えなくてため息もつく、ごくふつうの女の子たちなので、できるだけふつうの言葉で訳そうと思いました。既訳もたくさんあるので、(全部とはいきませんでしたが)数種類にあたったところ、岩波少年文庫から完訳で出ている海都洋子さん訳のものが、やはり、ふつうの言葉使いで訳されていました。バーバラ・クーニーのすばらしいさし絵がついていますし、完訳を読みたいという方にはとてもおすすめです。ほかに完訳版では、ヴィレッジブックスの松井里弥さん訳のものも、生き生きしていておすすめ。こちらは大人向けの文庫版です。
「オズの魔法使いシリーズ」、『思い出のマーニー』、『若草物語』と、何度か「新訳」にかかわりましたが、わたしの場合、訳す直前に既訳を読んでしまうとほかの訳が出てこなくなってしまうので、まず自分で訳し、章ごとに原文と対照させてチェックしてから、既訳とつきあわせるという形をとっています。そのなかで、「おっ、同じ訳語!」と思うこともあれば(まあ、原文が同じなのだから、そういうことがあってもふしぎではないのですが)、「うわ、そういう意味だったのか。すみません、直します」ということもあります。なので、新訳の作業というのは、既訳の訳者たちと一方的に対話する作業のようでもあって、感謝はいくらしても足りません。

そのうえで、読者の方には、年齢や好みにあった訳を見つけていただければいいかな、と思います。そして、当たり前ですが、原文はどれもいっしょなので、ゆったりとほのぼのと始まった4姉妹とおとなりのローレンス家の人たちの物語が、終盤に向かうにつれてぐんぐん盛りあがっていくあたりは、どのバージョンで読んでもやっぱりひきこまれます。

『愛されるエルサ女王』
『失われたアナの記憶』 (いずれもエリカ・デイビッド文 角川つばさ文庫)

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CMもどうぞ。CMつきの本は初めてです。
4月に実写版『シンデレラ』との併映で、アナ雪の短編映画『アナと雪の女王/エルサのサプライズ』が上映されるので、その前になんとか2冊同時出版しようということで、12月から全力投入、という形でした。とはいえ、お話は、その短編とは別のもの。また、先日発表された続編映画とも別のものです(もっともそちらはまだ何も明らかになっていませんが)。

この後日譚小説は、角川つばさ文庫から出ることもあって、総ルビで、小学校低学年以上が対象。けれども同時に、大人のアナ雪ファンの人たちにも楽しんでもらえるよう、大人と子どもの両方を念頭に置いての翻訳作業でした。表現は、なるべくわかりやすく、でも作者が原文にちりばめた、映画本編や、原作の『雪の女王』からのちょっとした引用や借用などは、あえて説明しないまま、さりげなく投入してあります。
たとえば、『失われたアナの記憶』の147ページに「ひとひら、ひとひらの雪が、小さな氷細工のような形をしているのです。」というのがありますが、このアイディアはおそらくアンデルセンの『雪の女王』からとったものだろうと思います。(物語の最初のほうと、最後、ゲルダがカイを助けにいく場面で出てきます。)

もうひとつ、映画本編のちょっとしたセリフからの引用(と思われるもの)については、角川書店のPR誌、『本の旅人』4月号に書きました。これは毎月27日発行で、大きな書店で配布しているようですが、わたしはタイミングが悪いのか、一度も書店で見かけたことがありません(^_^;; 翌月10日になると、電子出版の『文芸カドカワ』(こちらは、4月号ではなく5月号)に転載されることになっていて、こちらはKindleでダウンロードできますが、450円かかります。
最後に、校正段階でのちょっとしたエピソードをひとつ。
児童書の翻訳を始めて間もないころ、"I froze." というような(正確にはおぼえていないけど)原文を「ぼくは、かたまってしまった」と訳したところ、「ちょっと口語的すぎるのでは」と校正が入って、それもそうだなと思い、「ぼくは、こおりついてしまった」と、直したことがあります。
今回、"Elsa froze." というのが出てきたので「エルサは、こおりついてしまいました」と訳したら、「ほんとうに凍ってしまったと思われるかもしれません」と校正が入ったので、「たしかに! そりゃそうだ」と思って「エルサは、かたまってしまいました」に直しました(「失われた~」p.34)。なにしろ、アナ雪ですからね(笑)。

というわけで、すべては臨機応変、ケースバイケースというお話でした。
『アナ雪』から、姉妹つながりで『若草物語』(というか、こちらが姉妹ものの総本山ですね)、プリンセスつながりで『マリゴールド』。よかったら、お手にとってみてください。

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2015年3月 2日 (月)

ネコのいる風景。

去年の11月、わが家にネコがやってきました。

はじめは片手のてのひらにおさまるくらちっちゃかったのですが、あっという間にもう、ふつうのでかいネコです。

くわしいことはフェイスブックのこちらの記事を。

わたしは相変わらず、家の中のあれこれをほっぽらかして必死に仕事をしています。

昨年は5月に『新訳 思い出のマーニー』を共訳(まず5人で分担作業して、それを越前さんがさらにまとめるという形)。その後、夏から秋にかけてに作業した本が1月初めに出版になり、12月中に年賀状も書かずに訳していた「アナと雪の女王」の続編がまもなく3月中旬に刊行になります。それもフェイスブックの記事にリンクを。

今は、メジャーリーグ関係のノンフィクションを訳しているところ。これはもう、訳すのも調べ物をするのも楽しくて、ありがたいのですが、その分、時間を使いすぎて進みが遅いのが悩みどころ。

今日は、三男の高校の卒業式でした
学校にいるあいだにこんなにいろいろ問題を起こしたやつは初めてなので(笑)、「すみませーん」という感じでひっそりと出席してきましたが、そういう意味では、親としてもいろいろな体験ができてありがたかったです(物は言いよう(笑))。
ほとんどフェイスブックへのリンク貼りになってしまいましたが、またぼちぼちとつづけていきます。

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2014年5月30日 (金)

日記ではなく、月記でもなく、年記……(^_^;;

前のエントリが1年3か月前というこのていたらく。

ふつうこういうとき、人はブログをいったん閉じて、新しくはじめたりするものなのでしょうが、まあそれももったいないので、だらだら続けようと。
そしてこの間にあったことをたどりなおすのはとても骨が折れるので、またそれについてはいつか書くとして、とりあえず近況をメモ。ふだんホソボソとのんびりと仕事をしているわたしにとっては、なんだか嵐のようなこの2週間ほどでした。
オズシリーズの翻訳が昨年終わって、ことしの3月末には翻訳チームで最後の講演会(@千葉)が行われ、チーム翻訳はしばらく終了、と思ったら4月末から緊急の仕事がスタート。また同じメンバー+αでMLを立ち上げてあわただしく作業が始まりました。
5月23(金)が〆切。これは何が何でも死守しなくてはならないので、その前1週間は息子の弁当もカット、夜のご飯も手抜き。共訳で何が大変って、互いの訳文をチェックしあう過程と、訳語や表記をある程度そろえていく過程なのです。わたしたちの上にさらに上訳者がいるのでゆだねてしまうこともできるのだけど、時間がかぎられていることを考えると、こちらである程度仕上げてからわたしたほうが安心。そんなこんなで、わたしはパソコンの前にすわったまま動かず、ストレスが食欲に向かった結果、このひと月で体重が3キロも増えてしまいました。こんなに短期間にこれだけ太ったことはないので、ほんとにピンチです。
〆切の前日、22日(木)は大学の講義日の予定でした。でもここで丸1日空けるとどう考えても終わらないので、泣く泣く休講することに。学生には前日の夜連絡を回し(ちゃんと登録者全員にメールがいくシステムがある。正直に「翻訳が終わらずに」と知らせました(笑))、事務局には翌朝連絡。説明が面倒なのでこちらは仮病(こらこら)。昔は、休講はただの楽しい空き時間だったけど、今は必ず補講をしなくてはならないので、学生も教師もとてもたいへんなのですよ。むー。
23日(金)脳が処理能力の限界に達したのを感じつつ、どうにか訳稿提出。よかった、しみじみ。
そして24日(土)朝5時に起きて羽田空港へ。半年以上前から着々と準備されていたやまねこ翻訳クラブの高松読書会に向かいました。(着々と準備をしていたのは友人たちで、わたしは乗っかっただけだけど。)これは高松在住で、アリス・マンロー(2013年にノーベル文学賞を受賞)の作品を数多く訳している翻訳家の小竹由美子さんを囲んで読書会を行い、「ついでに」うどんを食べて、観光もしようというすごい企画なのです。
でも前日まで嵐のような作業を続けていたので、とりあえず起きる時間と航空券と羽田までの経路を確認しただけで、あとは完全に人任せのわたくし。ANAの出発が羽田の第2ターミナルであることもモノレールのなかで知る始末。おまけに空港についてからのんびり歩きすぎて時間ぎりぎりになり、最後は動く歩道のうえをめっちゃ走るはめに。名前、呼び出されていたらしい。
それでもどうにか無事について、まずは山田家うどんでお昼をいただきました。そこらへにある「山田うどん」ではありませんよ。りっぱな門構えのうどん屋さんです。
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それからケーブルカー(ひさしぶり!)で八栗神社へ。おまいりをすませてから急坂を歩いておりて、ふもとにあるイサム・ノグチ庭園美術館へ。山田屋へかけつけてくださった小竹さんと、八栗さんからふもとに至るまでずっとおしゃべりしながら歩いていたのですが、坂道で大腿四頭筋がプルプルしているわたしの横で、小竹さんは軽々とものすごいスピードで歩を進めつつ、地元の石材業のありようと、それに端を発するアメリカジョージア州との交流についてくわしく語ってくれたのでした。このスピードと軽やかさこそ、あの仕事量と、スリムでムダのないボディー(わたしよりお姉さんなのに)の秘密なのねと感嘆し、以後ひそかに速歩を心がけるわたくしなのでした。夜は宴会ののち、早めにおひらき。
25日(日)さっさと寝たせいか、朝4時すぎに目がさめました。身じたくをして、6時にロビー集合。タクシーで栗林公園へ。日本三名園には入らないものの、それに勝るとも劣らないとされる名園。門をくぐると、紫雲山を背景にいただくお庭がさっそく目に飛び込んできて、なんとみごとな……としばし見とれました。
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歩いていくとつぎつぎに表れる池や茶室や築山。まさしく回遊式庭園ここにあり、というすばらしいお庭です。
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さいごに庭園内の和室で朝がゆを。ぜいたくとしかいいようのないひととき。
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もう、ずーっとここにすわっていたいと思うほどでしたがメインイベントはこれから。8時半にはもうお庭を出て、読書会の会場へ移動しました。
20人参加なので、机をコの字に並べてすき間なく座るという形に。
ここからはやはり高松で日→英の児童書翻訳をしておられるキャシー平野さんも加わってくださいました。キャシーさんの翻訳された「守り人」シリーズなどにより、日本の作家、上橋菜穂子さんが今年国際アンデルセン大賞を受賞されたばかり。
ノーベル賞訳者とアンデルセン大賞訳者というなんとも豪華なゲストのおふたりです。
読書会はまず、ひとりひと言の自己紹介で40分(笑)。その後、課題図書の『ディア・ライフ』について順番に感想を言っていくだけで予定の2時間がすぎてしまったのですが、小竹さんがひとりずつに熱いコメントをはさんでくださったので、全体としてとても双方向の充実したやりとりになって、みんな大満足でした。
昼は近くのホテルでバイキングの昼食会。ここでもちょっとしたサプライズがあって、やまねこからまた新たな企画の種が生まれそうな様相が。うまく育つといいな。それにしてもほんとうにパワフルな人たちであります。みんな見た目はおっとりしていて、ぜんぜんそんなふうに見えないんだけど。
4時半の飛行機で羽田へ。機内ではキンドル読書。じつは水曜日に本をめぐる座談会に出ることになっていて、2年前に原書で読んだきりなので、いそいで(こんどは訳書で)再読していたのです。
家に帰ると高松で買った「骨つき鶏」5本で夕食。もも肉なのですが、脂っぽくなくて家族にも大好評でした。
26日(月)終わった仕事のあとがき(のたたき台)を執筆。2本書かなくちゃならなくて、1本の土台は高松行きの飛行機のなかで、ボールペンで大分書いたのでそれをPCに打ちこみながら書き足す形で。8割方終了。
27日(火)朝8時半ごろあとがき1本送信。2本めは、1本めを少し大人向けにすればいいとわかったので、少し気が楽になり、出だしを変えて少し情報をつけたして夜には終了。まじめにやれば早く書けるじゃん。
28日(水)授業準備。1週間さぼっただけでいろいろ抜け落ちた感じになって、頭をもどすのがたいへん。半分まで作ってあったプリントを仕上げてプリントアウトし、忘れ物がないようにいろいろチェック。
2時半ごろ家を出てジュンク堂へ。通訳ガイド試験の問題集を購入。語学書のフロアに通訳ガイドのコーナーができて、ミニフェアをやっていてびっくりしました。もしかしてこれから来るのか、通訳ガイドブーム?
それから丸ノ内線で後楽園まで移動して、水道橋方面へ歩き、「編集室 屋上」という小さな出版社へ。『屋上野球』という不定期刊の雑誌で、昨年出版された『守備の極意』(ハヤカワ書房)という小説の書評座談会をするというので、呼んでいただいたのです。
集まったのは、編集長の若い女性と、わたしに声をかけてくれたライターさん(男性)、本と野球が好きという女性、それにわたし。その後1時間ぐらいしてからハヤカワの担当編集さん。メルヴィルの『白鯨』をモチーフにし、大学野球を舞台にした、でも途中からはほとんど野球の話が出てこなくなる青春小説です。盛りだくさんで、ちょっと盛りだくさんすぎるところもあるけど、やっぱりとてもおもしろい。野球が苦手な人にこそ読んでほしいな。
29日(木)授業。2~4限。今回はお風呂とトイレの話。どうにか無事に終了。
終わったらぐったり疲れていて(そりゃそうか)バスに乗りこむのも電車に乗るのもヨロヨロ……という感じだったのだけど、7時からの講演会に申し込んでいたので表参道へ。なんだかんだ八王子からだと1時間半はかかるので、着いたらもう6時半。駅のカフェでおおあわてでサンドイッチを食べて、気持ち悪くなったりしないのを確認しつつ会場へ。
英語、フランス語翻訳者の河野万里子さんのお話。同じ上智の出身で、年も同じ(か、あちらが1年下)。『翻訳の世界』で大賞をとられたときからずーっと仰ぎ見る存在で、真に才能があって、その上「一言入魂」(by 河野さん)の努力をする人のすごさをあらためてまざまざと思い知らされた感じ。
翻訳やってますなどというと、たいていは「すごいですね」と感心されるのだけど、その道に入ると周りにはもっとはるかにすごい人ばかりごろごろいて、自分がすごいなんて片時も思えないのでありました。まあ、そんなものですわね。
そして今日、5月30日。6時ごろ目ざめたけどぐったりで、今日もお弁当カット。ごめんよ。来週からはちゃんとするから。(ほんとか?)
少しずつ生活をたてなおして、またホソボソとした、のんびりとした毎日に……もどれるかな?

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2013年2月27日 (水)

浮世絵講座、メモ

いつも言っているように、わたしは自転車操業で授業をしているので、大学が休みになる2月はわずかなりとも勉強するチャンスです。今年は「茶の湯の歴史」という5回シリーズの講座をとりましたが、1度だけどうしても行けない日があり、たまたまその日に茶室での実習が重なってしまいました(涙)。まあ、しょうがない。また別のチャンスをうかがいましょう。

そんななか、今日行ってきた浮世絵の講座がめちゃめちゃおもしろかったので、忘れないうちにちょっとメモっておこうと思います。通訳案内士の団体が主催する勉強会で、上田さんという現役の刷り師の方が、実演しながら質問に答えて解説するというスタイル。
こちらの記事は2008年のものですが、基本的には同じものです。
現代において浮世絵の刷り師というのは、基本的に家業として親から子へ伝えられるものだそうですが、この上田さんは一般の家庭に生まれながら、子どものころから浮世絵が大好きで、自分でも見よう見まねで版画を作っていたそうな。そして27歳のときデパートの実演即売会で親方に弟子入りを志願し、受けいれてもらったのだそうです。
さて、今日刷ったのは歌川(安藤)広重の、東海道五十三次の一枚。
版木も上田さん自身が彫った復刻版。刷りと彫り、両方をやる人は特殊だそうです。
刷り師自体、数はとても少なくて東京で十人いるかどうか。彫りはもっと少ないのだそう。
作業の様子はこんな感じでした。
Ukiyoe1
では、ここからは箇条書きで。
・紙はコウゾでできた和紙。繊維が長くて強いので強い圧力をかけて刷るのに適している。パルプの紙だと繊維が切れてしまう。
・まず黒の輪郭を刷り、そのあとに色別の版木で重ね刷りしていく。今日のは11回刷り。
・版木の右下の角にある「鍵見当」と、下辺にある「引きつけ見当」というふたつの目印で位置を合わせる。
 なんの迷いもなく、一発ですっと合わせて刷る手ぎわがすばらしい。「職人ですから」と。位置決めでぐずぐずしていると、絵の具が乾いてしまったり、あらぬところに絵の具がついてしまったりするので、手早く位置を決めるのが肝要。
・面積の小さいもの、色の薄いものから先に刷っていく。見習いは一日じゅう黄色の版木しか刷らせてもらえない。親方は黒と紅だけ刷ることも(紅は重要で、絵の具の値段も高い)。
版木、紙ともに湿度がとても重要で、絵の具をのせる前に何度も版木に湿り気を与え、紙も途中で乾いてこないように上から湿ったボール紙をかぶせてありました。
海外からも講座の口がかかって世界中に飛ぶそうですが、乾燥した地域だと刷っている途中で紙がパリパリになってしまうことも。やはり湿潤な日本だからこそ発展した技法なのだと実感したそうです。
ちなみに版木は、かつては山桜が使われました。硬くて粘りがあり、大木になるので一枚板がとりやすいから。柘植も硬さは理想的だけれど、細いので、髪の毛の部分だけ象眼にすることもあったとか。
現代では合板が使われ、「これがとてもいいんですよ!」とのこと。繊維の縦横を交差させて貼り合わせてあるので、そったり縮んだりしにくく、「見当がくるわない」のだそうです。
絵の具は、ふつうの水彩を使います。日本画家の使うような岩絵の具は高価だし、粒子が粗くて版木につまりやすく、版画には向かないとのこと。色は、赤、青、黄の三原色に加えて、朱とべんがら。白は、江戸の浮世絵では使わないそうです。これは知らなかった~。灰色なども、あくまでも水と、絵の具の量の調節によって出します。それによって、あの色彩の透明感が出るのですね。
ちなみに京都の版画では白を使うそうで、江戸の刷り師たちは「ぼってりして重くなる。あれは浮世絵じゃねえ」と思ってるそうな(笑)。
そして、今日一番おどろいたのが馬楝(ばれん)でした。
図工の時間に版画を作るのに使った記憶がありますが、手作りの馬楝はなんと十万円もするのだそうです。
その構造は、「あてがわ」と呼ばれる丸い型のなかに、竹皮を細くさいてなった縄を渦巻き状にして収め、それを竹の皮で包むというもの。縄の無数の突起が圧をかけるのに最適なのだそうです。上田さんは自分で縄をなったそうですが、糸のような細い竹の繊維をよりあわせ、よりあわせして縄にする工程はとてつもない手間がかかり、知らぬ間に指先の皮がすりむけていたそうな。そのかわり、一度作れば一生もの。外を包む竹皮は消耗品なので、すり減ったら何度も包みなおして、大事に使っていくそうです。
でも、今では縄のかわりにベアリングを入れた「ベアリング馬楝」というものもあるとのこと。「で、これがいいんですよ! すごく圧をかけやすいんです」――職人さんというと、昔かたぎで古いやりかたを頑として変えないというイメージがあるのですが、新しくていいものはどんどん柔軟に取り入れていくのがすばらしいなと感じました。今日の刷りのなかでも、広い面積はベアリング馬楝で、細く繊細な部分を刷るときには竹皮の馬楝で、と使い分けていました。
そして今日の刷りのハイライトは「ぼかし」。これは彫りではなく、まさに刷り師の腕の見せどころ。版木の湿らせぐあいと絵の具ののせぐあいによって、グラデーションを出します。「ぼかしができれば一人前」と言われるそうですが、上田さんの場合は「なんか最初からできちゃったんですよ。やっぱり天職だったんでしょうね」と。
今日、一番しびれたせりふでした。

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2013年2月25日 (月)

混み合うわが家

1月は、お正月が明けるともう大学の期末試験。

作って、実施して、採点して、成績つけて。
それと並行して「オズ」の第12巻の翻訳も。
集中力がないので、せっぱつまればつまるほど関係ない本が読みたくなったりして(そして実際に読んでしまって)自分の首を絞めながら、どうにか成績も訳稿も提出しおわりました。(ただし翻訳のほうは、これから訳文修正→ゲラチェック×2回+挿絵の確認+あとがきなどなど、まだ作業はたくさん残っています。)

で、2月半ばから少し時間があいたので、年末にできなかった大そうじを敢行中。
しかし、いくらモノを捨てても捨てても、ちっとも片づかないんですよね。

考えてみると、昨年末、子ども部屋にあった二段ベッドをひきとってもらったのが、今回の大片づけのはじまりでした。みな体が大きくなって、上の段にのぼるのがおっくうになってしまったというので、ベッドを便利屋さんにひきとってもらったのです。
そうしたら二男の寝る場所がなくなってしまい、リビングで寝るはめに。
それをなんとか解消すべく、こんどは二男の部屋にある家具をひきとってもらって、寝場所をこしらえようということになったわけです。
でもってこの十日ばかり、モノを大量に捨てたり、あっちのモノをこっちにやったりしてようやくベビーダンスをひとつ空にし、あした、ふたたび便利屋さんにひきとってもらう手はずがととのいました。やってくるのは同じ人らしい。この家はいったい何をやろうとしてるんだと怪訝に思うことでしょう(苦笑)。
ちなみに長年お世話になったベッドはこんなのでした。長男&二男→二男&三男と、足かけ20年ぐらい使ったから、ちょっとさびしかったな。
Photo_3

よ~く考えると、今わが家がこんなに混み合っているのは、みんな体がでかくなって、しかもだれも巣立っていかないからなのよね(^_^;; 
まあ、しょうがない。居心地のいい家っていうことにしておきましょう。みんな大器晩成でしてね、はい。

あ、三男がこんなトロフィーをもらってきました。
Photo_2

高校からは、野球ではなくバトミントン部に転向した三男。大会ではだいたい「Cの部」という区分で出場するらしいです。高校から始めた子たちのカテゴリー。だからそんなにびっくりするようなものでもないのだけど、ちょっとだけごほうび、という感覚。

小学生のとき、母親がどっぷりかかわりすぎた反動か、「見にこないで」というスタンスなので、一度も行ったことはないのだけど、あんまり放牧すると、なんやかやで学校から電話がかかってきたりもするので(校則違反の靴下をはいてる、とか、そんなこまごましたことではあるのですが)適度な距離ってどのくらいなんだと常に自問自答しながら、遅めの反抗期の息子を目で追ったり、たまに口を出したり、試行錯誤する毎日です(-_-)
何年続けようが、子育てというものはどこまでも難題なのでありました。

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2013年1月 5日 (土)

もうお正月

いやはや。この前のエントリが3月のワセオケツアーって……。

どれだけ放置してたんだ、ていうのと同時に、え、もうお正月?!と。いやですねえ、年々早くなっちゃって。
年末年始はいつものように茨城ですごしたので、その間、自宅のDVDでいくつかの番組を録画していたのですが、きのう、めずらしくヒマそうな二男とともにそれらの番組を一気に見ました。
N響の第九(ノリントン:独特でしたな~)と、そのあとの「らららクラシック」、そして2日の「ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート」。ワセオケツアーではこの楽友協会のホールでも演奏があり、帰ってきてから二男は、とにかく音の響き方がすばらしくて、いちばん演奏しやすいホールだったとしみじみ語っていました。わたしは演奏体験がないので、そこらへんは想像するしかない……というか、想像する手がかりもないのがちょっとくやしいんだけど。
少し前後しますが、茨城でのお正月はこんな感じでした。
2013
あいかわらず食べるだけでもうしわけないと思いつつ。たのしく、おいしいお正月でした。感謝。
それでは、昨年のふりかえりも少し。

◎訳書は2冊。『オズのエメラルドの都』『オズのかかし』

オズ・シリーズもいよいよ8合目まできました。今は第12巻を翻訳中。長編は14巻までなので、わたしとしては12巻が最終です。そのあと短編集が1冊あり、そのなかの2編を担当する予定。3月にはディズニー映画『オズ はじまりの戦い』が封切られる予定で、ひょっとしたらオズ・ブームが到来するかも?!(120%希望的観測)

◎教える仕事も地道に継続中。

昨年も木曜日1日だけ八王子に出かけて3コマ担当しました。授業そのものよりも、その前の材料集めが大変かなと。それと、授業後の採点とか添削ですね。べつにやらなくてもいいんだけど、英作を書かせて集めてみると、ネイティブでない私でも気になるような間違いがたくさん目につくので、つい直したくなってしまうのでした。
去年も書いたんだけど、わたし自身、知識が薄い人間なので、ほんとに勉強しながら自転車操業でやっております。昨年は2月に通訳の講座をとったり、禅と日本文化に関する講座を受講したり、相撲部屋見学に行ったりしました。ことしも2月にこちらの茶の湯の講座を受ける予定。ちなみに二男は、本来ならこの3月で卒業予定ですが、不器用者ゆえにオケとシューカツを両立できず、5年生として卒論を書きながら就職先をさがすそうです。だからエクステンションセンターも今年だけは現役生保護者割引で(笑)。

教える仕事といえば、9月には翻訳学校フェローアカデミーで1日だけ講師を務めました。20年ぐらい前にバベルで通訳ガイドの講座を半年間持ったことがあるのですが、翻訳そのものを教えるのは初めて。難しかったけれど、楽しかったです。(こちらのページに参加者の感想がのっていました。ありがたや。下までスクロールしてください。)

◎読書探偵作文コンクールのお手伝いも継続。

翻訳ミステリ大賞シンジケートでのエッセイは2本書きました。
戦時下が舞台。でも現代に通じる少年の旅――『海辺の王国』再読(執筆者・ないとうふみこ)
「これ、子どもに通じるかな」――児童書翻訳者は、謎の食べ物をどう訳す?

そして審査結果の発表と講評。昨年もすばらしい作品がたくさんありました。

こちらは最優秀作品の全文掲載。「あおいめのこねこ」と「モーツァルトはおことわり」「宇宙の秘密への鍵」
それぞれ個性的でよく書けていて、原稿を読みながら思わず声をあげて笑ったり、じーんと感動したりしました。本を読む子どもたちから元気をもらったわたくしです。
いっぽう、ほかの入選作には、一般の読書感想文コンテストでは通過しないような作品もたくさんありました。このコンクールのいいところは、よく読めていて面白ければチャンスがあること。絵入りでも、二次創作でも、あるいはあらすじのまとめだけでも、作品への愛があってそれを生き生きと伝えていれば、ちゃんと評価されるのです。
今年からはミステリ大賞シンジケートに代わってやまねこ翻訳クラブが主催する予定。いろいろ大変だと思いますが、意義のあるコンクールなのでがんばってお手伝いを続けていきたいと思っています。

◎スマホ&キンドルデビュー。

ずーっと気になりながら、忙しいし使い方おぼえるの大変かもなとしりごみしていたのですが、暮れもおしつまって〆切もあって、やたら気ぜわしくなってきたところで発作的に購入(笑)。まだ使いこなしているとはいえないけれど、どうにか使用しとります。スマホはアンドロイドAQUOS Phoneの小型のやつ。キンドルはペーパーホワイト。わたしにとっては小さくて軽量というのがかなりの重要項目かも。キンドルはまだグーテンベルグからオズをダウンロードしただけなのですが、こりゃあもっと早く買っておくべきだったと思っているところ。重たい原書を持ち歩かずに読み進められるのは大きいです。

◎子らはそれぞれつぎの段階へ。

すすみはしたけど、ややこしいまま(^_^;; 長男は卒業してフリーター生活。年末年始はびっちりバイトしてたな。日本橋なので、駅伝をちらっと見られたようです。
二男はさっきも書いたように、3月にオケを卒業したら5年生として居残る予定。
三男はバトミントン部に入学(笑)。だって勉強ちっともしないんですもん……。
いくら気をもんでもね……こればっかりはね。
ツイッターでいっとき「今……あなたの心に直接呼びかけています」っていうのがはやったけど、ほんと、直接呼びかけたいよ(^_^;;

こんなわけで、ことしもまあ、自転車操業しながら毎日をどうにか切りぬけていくような……とはいいながら野球もしっかり見るし、けっこう遊んでるな、みたいな、そんな1年になるかと思います。オズのあとの仕事も見つけないとな。いろいろがんばろう。

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2012年3月12日 (月)

ベルリンフィル、デジタルコンサートホールでワセオケを鑑賞

いや~よかったよかった。すばらしい演奏会でした。ビバ、ワセオケ!

先日のエントリで、二男がいやがるからツアー同行はあり得ないとか書いたけど、これだけカミングアウトしてたら同行してるのと同じだ(笑)。まあ、応援団てことで大目に見ておくれ。

さて、わが家は家族がそれぞれノートパソコンを持ち、無線LANで電波を飛ばしているのですが、部屋によって受信しにくい場所もあるので、今日は一番よく電波の届く長男の部屋に座卓を移動し、パソコン2台でデジタルコンサートホールにアクセス。一台は映像専用でミュートにし、もう一台にPC用のolasonicのスピーカーをつなぎました。

これ、そんなに高くないけど十分いい音が出ます。

夕飯は、つまみながら食べられるようなものがいいなあと思って手巻き寿司に。
あと、ナゲットとか、ブロッコリーとか、プチトマトとか並べたら、とてもお祭りっぽくなった(笑)。
コンサートというよりは芝居見物のノリ?

6時半、開場の時間から中継が始まります。すんごい画質! ハイビジョンなのかな。へたなTVよりぜんぜんきれい。わたしmlbTVを契約してパソコンでメジャーの試合を見てるけど(ほら、また野球の話だ)、画像ではデジタルコンサートホールに完全に軍配があがりました。(そもそも比べるのがおかしい。)

さらに、集まってくる聴衆の足音やら、さざめきやら、ドイツ語の会話やら。すばらしい臨場感。
そして、ちょいちょいはさまれるベルリンフィルのコマーシャルフィルム。
「サイモン・ラトルかっこいーな」なんて思ったら、ほら、あなたももうベルリンフィルの世界へいざなわれているのですよ(笑)。
いつの間にかアンケートに答えて無料クーポンももらってたし。うん、こりゃちょっと聴いてみるか、みたいな。
CF、効果抜群。

7時ぴったりではなく、すこし過ぎてから団員入場。ベルリンフィルのホールって、ほんとうにステージをぐるっと客席が囲んでいるんですね。舞台奥に置いてある和太鼓のすぐとなりにも聴衆がいたりして、なんか驚く。

Photo
 (開演前のホールの様子。客席がステージをとりまいています。よく見ると和太鼓は客席のなかに設置されてるんですね。)

プログラム1番は『アルプス交響曲』。
わたしは音楽に関してはど素人なので細かいコメントはできません。
でも去年、定演でもなんどか聴いたけれどやっぱり今日がいちばんよかったなあ。弾き込んで吹き込んで、曲全体が体になじんだのが伝わってきました。全体が有機的に結合して、緊張感がみなぎっていたというか。

しかも映像で各楽器の演奏者がアップになるので、ひとりひとりの技術の高さにもあらためて感心。
高校の吹奏楽コンクールとかでたくさん演奏を聴くと、管楽器でいい音を鳴らすのがどんなに大変なことかよくわかるのですが、ワセオケはほんとうに当たり前のように美しい音を聴かせてくれますからね。すごいことです。
50分のアルペンが短く感じました。もいっかい聴きたい。
あ、聴けるんだ、3月20日。そうか、もうすぐ帰ってきちゃうんだね。

休憩をはさんで、トイレに行ったり、またベルリンフィルにいざなわれたりしつつ、後半へ。

まずは『ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら』
これは以前〈N響アワー〉でわりとくわしく曲の解説をやってくれたことがあって、おかげでいつも「なるほど」と思いながら聴けるのです。
ティルは、ユング心理学で言うところの、典型的な「トリックスター(いたずら者)」なんですよね。
いろいろいたずらをして世間をさわがせるんだけど、そのせいで、ときには人々の本音をひきだしたり、隠された真実をあばきだしたりして、もてはやされることもある。でもそれゆえにえらい人たちの怒りを買って、へたをすると命まで落としてしまう――これがトリックスター。
ティルはまさにそれでつかまって裁判にかけられ、死刑になってしまうわけです。
その重々しい裁判官の音と、ティルの弁明のいかにも言い訳がましい音のかけあいがおもしろい。
そしてすべてが終わったあとに「♪――という、お話があったとさ」という枠物語の構成になっているところがまたいいのです。生々しいまま終わるのではなくて、なんかワンクッション置いているところが。今日もとても楽しく聴かせてもらいました。
(あ、そういえば〈N響アワー〉終わってしまうそうですね。さびしいなあ。)

そして次がいよいよ『和太鼓と管弦楽のための協奏曲』。
これ、やはりメインイベントでしたねえ。
なんといっても、初めから舞台奥に設置してある和太鼓の存在感がすごい。
だから3人の奏者が袴(はかま)すがたで現れたとき、「ついにキター!」という気持ちにどうしてもなるのですよ。
ちなみに、大太鼓の奏者はワセオケ現役のパーカッショニストで、しかもプロだとうかがいました。すごいな。ほかのおふたりもOB、OGなのですね。
この曲は今日初めて聴いたけど、すばらしかった! 
どこがどう、とくわしくは分析できないけれど、西洋と東洋が対峙したり、交錯したりしながら最後たがいに混じり合って大きな流れになっていくのがよかったし、何よりもやはり太鼓の音って人間の原初的な魂を揺さぶるのだなあと再確認しました。

あと、和太鼓も拍子木もだけど、和の音って独特。かん高い、澄み切った音がすごくきれいでした。
大太鼓はお腹にひびくしね。(最初に大太鼓が鳴ったとき、びっくりして耳ふさいでるお客さんがいました(笑))

うん、ほんとにかっこよかったです。(←言語貧困)

アンコールは3曲。

『荒城の月』:すばらしかった。オーボエが泣かせる~。長男が語っていたのですが、滝廉太郎ってドイツに留学していたんですね。ものすごく胸にしみる演奏でした。

つぎにまた太鼓が加わって『八木節』。ええねー。祭だねー! これはほんと、華やかで楽しかった。
その祝祭的な雰囲気をそのままひきついで、最後は『ベルリンの風』。
わたしはタイトル知らなくて調べたのですが、ベルリンの人たちにとってはご当地ソングなんですね。
あっというまに手拍子が巻きおこり、盛りあがり最高潮に。
和太鼓の横らへんに、小さな子を連れた家族がいたのですが、その子たちもずっと楽しそうに手拍子してました。
いいな。ああやって小さいときからクラシックを聴いて育つんだな。

最後は満場の拍手喝采、そしてスタンディングオベーション。
ほんとうにすばらしかったです。ありがとう、ワセオケ。
でもまだ終わりじゃないですね。13日にオーバーハウゼン、15日にウィースバーデン。
それがどんな場所なのか、何も知らないで書いてますが、最後までがんばって。

おうちに帰りつくまでが遠足ですよ。(――先生、バナナはおやつに入りますか?)

あと少しがんばって、風邪ひかないように、いい演奏をしてください。

あっ、それから Last, but not least---
今日はわたしの友人たちも何人かこのコンサートを聴いてくれました。
ウエブのコンサートのすごいところは、すぐに感想をシェアできるところですね。
遠くにいる人たちと、同じコンサートを聴いて、感動を分かちあえる。
まさしくそれがデジタルコンサートホールなのだ。(ほら、あなたもベルリンフィルの世界へ――)
いえ、ほんとに。
3月11日という、特別な位置づけがなされた1日の、貴重な夕食どきをいっしょに過ごしてくれてありがとう。
同じ体験を分かちあえたのがうれしくて、感謝の気持ちでいっぱいです。
ほんとうにいいひとときでした。ダンケシェン。

【追記】
きのうのコンサートはアーカイブになって、同じリンクから10日間ほど公開されるようです。これを書いている今の時点ではまだ編集中とのこと。公開期間は3月25日まで。見逃した方はぜひ。

でもってアーカイブを見ていたら、きのうの夜の部のベルリンフィルのコンサートがなんとチャイコフスキーの6番『悲愴』だったんじゃありませんか。これは見ないと! 今の〆切が終わったら真っ先に見よう。――ってなわけで、しっかりいざなわれたわたくしでした。

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2012年3月10日 (土)

明日はベルリン公演

前回のエントリを書いた3月7日のミュンヘン公演を、ダンナさんの仕事上の知りあいであるドイツの方がご夫妻で聴きにいって、写真を送ってくださったのでご紹介しておきます。

Photo_3

うん、和太鼓がある! 

でもって、客席がみんな外国人だ! ――いや、ちがいます、外国人はワセオケの方です(笑)。
やっぱりそこが、見なれた光景といちばん違うところだなあ。

二男は、聴きにきてくれたその方に苦心しながら英文のお礼メールを出したようです。
TOEICの勉強をするよりいい勉強になったかも?

いよいよ明日、ベルリンフィルからのウェブ中継
ちょうど震災から1年の日と重なって、TV各局いろいろ番組もあるようですが、わたしは発生時刻に黙祷をささげ、夜7時からは心してワセオケの演奏に耳をかたむけようと思っています。

きっと団員も思いを込めて演奏することでしょう。

和太鼓の協奏曲もすごく楽しみですが、昨年1年間何度も聴いてきた『アルプス交響曲』も楽しみです。
リヒャルト・シュトラウスのこの曲、ちょっと茫漠としてつかみどころのないようなところもあるのですが、こちらのサイトがとてもていねいに解説してくださっているので、明日聴かれるかたは少し予習しておくといいかもしれません。

遠く離れた空から、ワセオケがんばれ!と念を送ります。

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2012年3月 7日 (水)

ちょっぴりの便り。あとは想像でおぎなう(笑)。

便りがない便りがないいうてたら、二男からメールがきました。

ミュンヘン駅のスタバのWi-Fiで接続したらしい。写真も送ってくれたのでご紹介。

こちらはミュンヘンにあるバイエルン国立歌劇場。ホテルから歩いてすぐだそうな。

Photo

ワセオケのミュンヘン公演のポスター。真ん中のベートーベンの上にある緑のがそうみたい。
こんどはハダカじゃなかった(笑)。

Photo_2

これより前、3月3日には、ウィーンのムジークフェライン(ウィーン楽友協会)、すなわち毎年〈ウィーンフィルニューイヤーコンサート〉が全世界に向けて中継されるあのホールで公演がありました。
このコンサートがとてもよかったらしい。『和太鼓と管弦楽のための協奏曲』作曲者の由谷一幾さんがツイートしていらしたのでちょっとリンクを貼らせてもらいます。

こちらが開演前のツイート。ホールの外観の美しいこと。

そしてこちらは3月5日のツイート
「ムジークフェラインのブラヴォーの歓声は一生忘れられません。」と。

これを読んだとき、なんだかちょっぴり泣きそうになった。

よかったなあ (; _ ;)

親御さんたちでツアーに同行している方もけっこういるらしく、その興奮を肌で味わえたのはうらやましいなとも思うけれど、うちは中学生もいるし、お金もないし(笑)、それより何よりついていったら二男がいやがるだろうから、ツアー同行はありえない。でもお正月にウィーンフィルを見るあのホールでワセオケが演奏してブラボーをもらえたんだね、と思うだけでなんかジンときて幸せになれるのであります。おめでたいな。

でもまあ、野球だって生で見られたらもちろん最高だけど、最悪、スコアだけでもじゅうぶんに興奮できますからね、わたし(笑)。(<なんでも野球にたとえる人)
フットワークが悪い分、想像力は発達しているのだ。

でもってきのうのミュンヘンのあと、今日(7日)はニュールンベルク、明日はホイヤースヴェルダ(どこ?)と3日連続公演。きついね。そのあといよいよベルリンに入り、2日あいだをおいて11日にベルリン公演です。

ツアーマップはこちら
ベルリン公演へのリンクはこちら

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2012年2月29日 (水)

便りのないのはよい便り(たぶん)

前エントリを書いてから「ワセオケ」で検索して来てくださる方が多いのですが、さしたる情報もなくてすみません。

便りのないのはよい便りっていうか、No news is good newsっていうか、うちの息子も何も言ってきませんが、ツイッターでフォローしてみたワセオケのオフィシャルアカウントも何もつぶやかないし(笑)、まあ、みんなそれどころじゃないんでしょう。

いちおう情報整理の意味で、こちらにも再録。

ヨーロッパツアー2012の公式ページ
 きのう(2/28)はザルツブルグの祝祭大劇場で公演したようですね。

ライブ中継特設ページへのリンク
 時間は日本時間の3月11日午後7時から。
 コンサートは無料で視聴できますが、事前登録が必要。

さらに、ツイッターをなさっている方には「和太鼓と管弦楽のための協奏曲」の作曲家、由谷一幾氏がツアーに同行されていて、オフィシャルアカウントよりは少し頻繁にツイートしてくれるのでおすすめかも。アカウントはこちらです。

公演によって、客の多寡もあるし、反応もふつーだったり、前日よりよいと感じられたり、いろいろのようですね。
ツアーの中で1公演でも2公演でも、「一期一会!」って言えるようなすばらしい体験ができるといいなあと思います。

ほかにもちらちら見ていると、意外とちょっとした自由時間に映画を見に行ったり、博物館に行ったり、楽しんでいる団員も多いようで安心しました。

そんなわけで、なんとなくひそかにトラッキングしているワセオケツアーなのでありました(笑)。

【おまけ】

あんまり面白かったんで、勝手にリンクを貼らせてもらおう。
ザルツの祝祭大劇場のポスター
うん、まあ、そうだよね。やっぱりそこフィーチャーするよね。でもふんどし一丁で演奏することはないと思うな(^_^;;

【おまけ2】

ツイッターでもこの話題でちょこっともりあがったのでこちらをどうぞ。みんな興味しんしんです(笑)。

(読み返してみるとわたし「メインは別の曲なんだけど」とか、失礼な発言してますがおゆるしを。プログラムの曲はどれもみんな大切なものですよね。)

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2012年2月22日 (水)

ややこしい息子らと、ワセオケ欧州ツアー:ベルリン公演のウェブ中継など。

先日、だんなさんが遅く帰るというので、長男、三男と3人で食事をしているとき、ちょっとおもしろい会話がありました。TVを見ていて、なんだったかな(もう忘れてる)健康関連のハウツーか何かの話題でしたが、ざっくりと適当な結論が導きだされていたので、わたしが思わず「三段論法の間抜かすから、なんか論理が飛ぶんだよね」とコメントしたときのこと。(このコメント自体もかなりテキトーなものでしたが。)

三男「三段論法って何?」
わたし「えーと、アリストテレスが……むにゃむにゃ」
すると長男があとをひきとって
「論理学の基本で、たとえば『人間はみんな死ぬ。わたしは人間だ。だからわたしは死ぬ』みたいな論の立て方をすること。あいまいな言い方や、適当な言いのがれをなくそうとしてアリストテレスが考えたんだと思う」と説明してくれました。
三男「それいつ習う?」
わたし「うーん、どうかな。中学か、高校か。高校に入れば世界史でも倫社でも出てくるはず」
三男「ふうん」……いかにも「まだ習ってないもんね」というふう。いちおう、卒業間近の中3なんですけどね。
すると長男曰く。
「中学や高校でやることは、大学で深く勉強することを見つけるために、とりあえず名前や知識だけ前もってインプットしておこうっていうことだから、そのときは退屈だしきついんだよね。でもやっぱり必要なんだって今になって感じております」
三男「だったら初めから好きなことだけやればいいじゃん」
長男「って思うでしょ-? ぼくもお前ぐらいのときはそう思ってたけど、中学生ぐらいのとき自分の好きなものなんてそうかんたんに見つけられないから、いろいろ広く浅くやって何が自分に合うか見きわめるしかないんだよ。昔はそんなことぜんぜん思ってなかったけど」
三男「今、ぜんぜん思ってない」

まあおもしろいですね。わたしとだったら成立しない会話なんで(笑)だまって聞いてましたが。親から言われたらうっとうしいことでも、兄から言われるとするりと入ったり。
その兄も、世間的にいったら「フリーター」という位置づけ。ようやく今春、卒業にはこぎつけることになり、と思ったら今さらのように大学の図書館からせっせと本を借りてきて、自分で勉強しとります。

ほんとにうちの子らはみんな「ややこしいやつ」((c)『カーネーション』)ばかりだ……。

ちなみに三男は、「単願」で私立の共学高校に進学決定。公立でそこそこのところを狙うには、はげしく微妙な成績でしたので、あれこれ考えてそうなりました。あとはもう本人に託すしかありません。3兄弟でただひとり運動系でアクティブな印象のわりに、けっこう3人のなかでもいちばん受け身なところがあるので、できたらいろいろ頭からつっこんでってほしいものです。

で、この会話に登場しなかった二男はというと、20日の日曜日からワセオケのツアーでドイツに行っております。
これから約ひと月かけてドイツ各地を演奏旅行で回る予定。ウィーン楽友協会とか、ベルリンフィルのホールとか、場所もすごいところばかり。詳細はこちら

まあ、野球にたとえれば(たとえるなって)日本の学生がヤンキースタジアムやフェンウェイパークで興業試合をして歩くようなもんですから。晴れがましいといえば晴れがましいけど、打ちのめされるような経験も数多くするのではないでしょうか。それに体力的にもすごくきついと思います。

でもまあ、それが身にならないはずがない。すばらしい経験になるはずです。
わたし自身は、留学経験はあるものの、そんなに各地を転々と歩いたことはないのですが、だんなさんは学生時代、日米交換ディベートの日本代表として、やはりひと月ほど全米ディベートツアーをしたことがあります。
なので今回の二男のチャレンジについても、分野はちがえどそこはかとなく想像はつくもよう。

ともかくしっかりごはんを食べて、パニクらずに、自分のできることを精一杯してほしいものです。

ちなみに今日はフランクフルトで公演の予定。そして震災から1周年の3月11日にはベルリンフィルハーモニーで公演。しかもこのコンサートはウェブ中継され、日本でも見られる予定です。
これについてはまず毎日新聞の記事をどうぞ。
この日程と会場は3年前から決まっていたとのこと。
昨年、3月の定期公演は震災の影響で中止になったのですが、そのときの曲目である「アルプル交響曲」を演奏するようです。

ライブ中継特設ページへのリンクはnoteこちらnote

時間は日本時間の3月11日午後7時からです。

11日のコンサートは無料で視聴できますが、事前登録が必要です。「このコンサートをライブ中継で見る」という黄色いボタンをクリックすると、会員登録のページになりますので、必要事項を記入してください。そのあと本登録のメールが送られてくるので、それにしたがって確認すればOK(のはず。)
なにぶんにもわたしも初めてなので、当日これで本当に見られるのかどうかイマイチ確信が持てませんが、たぶんなんとかなるでしょう。

じいちゃんばあちゃん、ご親戚のみなさま、どうかよろしくお願いします(笑)

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今さらですが……昨年の仕事まとめ

昨年は非常にあわただしい1年で、また年賀状で近況報告する機会もなかったので、今さらながら昨年度の活動を簡単にまとめておこうと思います。

翻訳

『きみに出会うとき』(レベッカ・ステッド 東京創元社)
つい最近、増刷が決まりました。持ち込んだ本だったのでよかった! 読書メーターにも数多くの感想が寄せられていてうれしいかぎりです。ひきつづきおおぜいの人たちと出会ってくれますように。

『オズのオズマ姫』( ライマン・フランク・ボーム 復刊ドットコム)
オズの魔法使いシリーズ3作め。やまねこ翻訳クラブの編集担当1人+翻訳者3人でチームを組み、出版社とやりとりしながら作業をすすめています。自分が担当しない巻でもチェックにたずさわるし、刊行までの間隔が短いので、前のラング童話集のときと同じくジャグリング状態。今は6巻に取り組んでいるのですが、年末のどたばたと重なってしまって、手をつけたのが年明け。つい先日なんとか第1稿を提出しましたが、終わったとたん風邪ひきました。つぎの担当巻はもう少し余裕を持って訳出にあたります(反省)。

オズシリーズが書かれたのはほぼ100年前なのですが、奇抜な人物がつぎつぎに登場するあたり、現代のキャラクター小説の走りともいえる趣があって面白い。しかも、語り口がユーモアと洞察に富んでいて、はっとさせられる文章があちこちにちりばめられています。そのあたりが100年たってもおとろえぬ人気の秘密なのでしょう。そんなわけで、ツイッター及びfacebookでオズの国の名言集も展開中。ぜひこちらもチェックしてみてください。

翻訳協力

一昨年、下訳者のひとりとしてお手伝いした本が年末に出版されました。

太古の昔から現代におよぶ、人間の「走る」営みについて書きつづった本。わたしは主に後半を担当しましたが、ジョギングブームの勃興のあたりは、読んですぐ走りたくなり、本当にジョギングを始めました。そのときから距離も伸びず、タイムも縮まないまま、というのがすごいですが(笑)今でもときどき思いだしたように走ってます。(そんなのは走っているとはいわない、という話もあるけど、まあかたいことは言わないってことで。)
それなりに評判になって、いくつか書評も出ているのでリンクを貼っておきます。
     週刊文春
     日経新聞
さらにこちらはネット上のレビュー。とても細かく読んでくわしく書かれている。付箋のびっしり貼られた本書の写真を見ると、頭が下がると同時に、下訳でもなんでもこうして誰かの手もとに届いて著者の考えを伝える手助けをしているのだなということが具体的に感じ取れてなんだかうれしいです。

大学 

木曜日1日のみ出講し、通訳ガイドの講座を3コマ担当。資格をめざす学生だけでなく、留学に関心のある学生などが受講して、前後期とも熱心に取り組んでくれました。人に教えるということは自分の浅薄さを痛感させられるということでもあって、忸怩たる思いもあるのですが、グチっていてもしかたがないので、スケジュールの合う限り勉強会や講演会に出席したり、ちまちま本を読んだりして勉強してます。文楽も見にいきました。1回2回見たところで語れるってものではないですが、少しずつでも蓄えを増やしていこうという作戦です。

でもそういう知識部分、伝統芸能部分だけでなく、ふだん日本人として当たり前のように受けとめている事物が、海外の人の目から見たら当たり前ではないんだよ、という話もけっこう面白かったかもしれない。トイレのスリッパとかね(笑)。あれはなんでもないようですが、「穢れ/清め」の意識にもつながるし、意外と深いものを内包しているんじゃないかと。そんな小ネタを日常生活のなかに求めたりするようにもなっています。

「読書探偵」作文コンクール

これはほんのちょっとお手伝いしただけでしたが、とても印象的なイベントでした。
翻訳者と編集者が中心になって運営する〈翻訳ミステリ大賞シンジケート〉という団体があります。この団体が、一昨年から、子どもたちにもっと翻訳書に親しんでもらおうと始めたのが〈「読書探偵」作文コンクール〉。昨年はこのコンクールに、やまねこ翻訳クラブがお手伝いとして加わり、わたしも応援エッセイの執筆と審査を担当しました。つたないエッセイで、読み返すのも恥ずかしいのですが、そういいつつもリンクを貼っておきます(笑)。

     エッセイ1:子どもの読書の特権は
     エッセイ2:絵本を楽しむこと、そして扉をひらくこと
     選考結果・経過発表
     受賞作全文掲載

なにがすばらしいって、応募作品ですよ。この受賞作は、もしまだお読みでなければぜひ読んでみてください。わたしは2次審査担当だったので15作品を読んだだけでしたが、どれも本を読むことの感動というか、この面白さを分かちあいたい、という熱い気持ちにあふれていて、読んでいて感動したなー。「若者の本離れ」なんてひとくくりによく言われるけれど、何ごともかんたんにひとまとめにしたり、数字だけで減ったの増えたのと断じるのはよくない。こんなにすばらしい読み手たちがいるんだから、日本の将来はまだまだ捨てたもんじゃありません。

このコンクールのすばらしいところは、形式を限定していないところ。なので絵入りのものあり、二次創作あり、作者への手紙ありとバラエティーに富んでいて、そういう意味でも全体に生き生きしているのだと思いました。
今年もたくさん応募があるといいなと思っています。
やまねこもひきつづき応援中。すでにメンバーが新たなエッセイを発表していますので、そちらもリンクを貼っておきます。どちらもすばらしいエッセイ。ぜひご一読を。
     オズ・コジツケ・ミステリー(執筆者・宮坂宏美)
     子どもと本と震災(執筆者・林さかな)

今年もひきつづきオズと大学の仕事が中心になるかと思いますが、もひとつかかえている別件も進めたいし、もう少しリーディングも、できたら持ち込みも……。
でも野球が始まったらたぶんしっかり見ちゃうし、オリンピックもあるのよね(汗)。
それやこれや考え合わせると、やっぱり体が資本だなと思うのでした。

しっかりごはん食べて、ときどきジョギングもして、今年もがんばりましょう!

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