2018年11月14日 (水)

広島でNHK杯(フィギュアスケート)を観戦

(フェイスブックとほぼ同文です。)

9月から翻訳学校の通信添削がはじまり(添削する側ね)、15日すぎに訳文が22名分届いて5日前後に納品というのを2回終えたところです。12月刊の本も校了めざして今2校が出ており、先週あとがきの初稿も曲がりなりに書き終えて送信。年内しめきりの本はチェックしていただいたのが戻ってきたところ。11月20日には作文コンクールの2次審査。1月末締め切りの本もあと半分訳さないと……。

というもろもろをかなぐり捨てて(捨ててません)11月9、10、11の3日間、広島にフィギュアスケートのNHK杯を見に行ってきました。自分でもいろんな意味でびっくりだよ~(笑)

フィギュアスケートはTVではそれこそジャネット・リンのころから見てきたけれど、チケットをとって実際に試合を見に行くほどの行動力はなかったのですよね。それが友人たちに育てられ(?)また、宇野昌磨くんの沼に落ちたために(笑)3日間も遠征してしまうという。

で、ですね、ほんとうに行ってよかったです。女子の、ノーミスの演技が続く歴史に残るであろうすんばらしい試合が見られましたし。もう、ずーっとぞくぞく鳥肌が立ちっぱなしで、スタンディングオベーションの連続。すごいものを見てしまった。

男子は、4回転に挑まないと上位にいけないけど採点厳しくなって失敗するとがっつり減点されるというジレンマにはばまれた人が多くて、女子の紀平梨花ちゃんの得点を超えたのが1位、2位だけという、ある意味低調な試合になってしまいました。それでもわたしのなかではメインイベント。見られてよかったです。昌磨くんは今回も課題を残したけれど、きっと一歩一歩進んでいくでしょう。フリーで転倒して入れられなかった3-3の連続ジャンプのところ、決まると「月光」のトリル(でいいのかな?)の音とマッチしてすごくすてきなので、その美しさのためにぜひ完成形をいつか見たいです。

2日め、並び席のチケットがとれていっしょに観戦した同業のhさん(彼女は2位になったヴォロノフさんファン)とは、もう最後、子どもみたいにめっちゃきゃーきゃー応援しあって楽しかったw そして3日めは、やはり同業の方で、おなじ昌磨くんファンの、でもべつべつにチケットとっていて、たまたま現地でお目にかかって「いらしてたんですね!」なんて言い合っていた人が、ひとつおいて隣の席だったという奇跡。つぎは年末のミステリ忘年会でお目にかかることに(笑)。

平和公園、原爆ドーム、平和資料館にも行きましたし、駅前で行われていた「銀盤の軌跡」の展示会も見てきたし、NHK広島放送局の美麗な(笑)柱も見てきたし、かけ足だったけど充実した3日間でございました。道に迷いまくってめっちゃ歩いたから体調もよくなった気がするよw まじで。

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    広島城          原爆ドーム

写真はとりませんでしたが、平和資料館にも行きました。予想以上に胸に迫るものがあって、行ってよかったです。ただ、昨年、NYでグラウンドゼロの資料館に行ったときも思ったのですが、こうして資料館を作ってそれをメンテナンスするような機会もなく、日々戦闘が行われている地域もあるんだよなあと。わたしはつい、めんどうなことから目をそむけがちなので、もっといろいろ知らないといけないとあらためて思ってしまいました。

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駅前の福屋で行われていた「銀盤の軌跡」の展示会からメダルと「NHK杯」を。このトロフィーが意外としっかり大きくて、あーだからしょーまくん、表彰台で置いたり持ったりうろうろしてたのか~と。なぜかいつも笑いが起こってしまう表彰式の模様はこちらのリンクを。

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NHK広島放送局前の柱。美しかったわ。

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2018年8月19日 (日)

帰国前のマンハッタン小旅行

14日(火)と15日(水)は、また家にこもっておうちごはんと仕事。

こちらまでパソコンを持ってきてもたいして進まなかったんですけどね。最低限というところでしょうか。

そして日曜日の帰国を前に、16日(木)、17日(金)はマンハッタンに一泊して遊んできました。

16日の午前中は夫が仕事だったので、わたしはひとりで地下鉄に乗り、107丁目の児童書店〈バンクストリート・ブックストア〉へ。

今回は〈ブックス・オブ・ワンダー〉にも行ったし、もういいかなと思ったのですが、やはり一度ここをのぞかないと気持ちが落ちつかないので。ふしぎなもので、それぞれ専門の児童書店であっても、品ぞろえは微妙にちがっていて、けっきょくまた3冊買ってしまいました。どーすんのよこんなに……(^_^;;

この書店のとなりは食料品店。今回、店名をよく見たら〈ガーデン・オブ・エデン〉――エデンの園――。わあ。

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〈ゼイバーズ〉のような有名店ではないですが、なかに入ってみるとデリも充実してるし、鮮魚コーナーもあってなかなか魅力的。となりの書店とこの食料品店があれば、わたし楽しく暮らせます(笑)。

このあと地下鉄でブロードウェイ沿いに少し戻ってこんどは82丁目の〈バーンズ・アンド・ノーブル〉へ。ここはコミックスやグラフィックノベルが充実しています。ここで次男に頼まれたマーベルコミックスを2冊ほど選んで購入。

おなかがすいたので、おとなりのゼイバーズのイートインでなんか食べようかなと思ったけど、あまりにも混んでいるので断念。平日だろうとなんだろうと常に大人気のゼイバーズであります。

しかたないのでそのまままた地下鉄でさらに二駅ほどダウンタウンに戻ってダンナと合流。軽くお昼を食べてひと休みしてから、〈ハイライン〉の散策へ出かけました。

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これは、昔の貨物線のあとを遊歩道にしたもので、ミッドタウンからロウワーマンハッタンまで、2キロちょっとにわたって続いています。そんなにびっちり整備されているわけではないのですが、いろいろな景色が見られて、たのしい。

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かたわらのビルに壁画が描かれていたり、昔の線路をわざと少しだけ残してあったり。

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水が流れているゾーンがあったり。売店があったり。

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というようなことを歩きながらツイッターにあげたら、友人たちのなかにも「行った」「大好き」「一昨日行った」「きのう行った」という人たちがつぎつぎにコメントしてくれて、ハイライン大人気だということがわかりました(笑)

ちなみにわたしは昨年原書で読んだこの物語にハイラインが出てきたので、一度行ってみたいなあと思っていたのですが、こんな絵本も出ていたんですね。
 

Amazonのひこ・田中さんの書評によれば、”「ハイライン」ができるまでを、一人の少年の興味から始まった物語として仕立てた”絵本だそう。読まなくては。これもツイッターで教えていただきました。

夜は、ブルックリンブリッジのたもとのレストランで食事。とてもナイスでした。

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翌朝は、まずミッドタウンの〈サラベス〉という、セントラルパークに面したカフェで朝食。

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朝日がふりそそぐ~。

量が多いことはわかっていたのでエッグズベネディクトを1人前たのんでシェアしようと思っていたのに、お店の人がいきなり"Pancake?" ときくので、「パンケーキ添えなのかな?」とか思ってつい「イエス」と答えてしまったらどちらもひとり分ずつきました。やばい(^_^;;

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アクシデント(?)でたのんだパンケーキがめっちゃおいしかったのですが、とても全部は食べきれず。ランチもスキップと決定。

このあと腹ごなしにセントラルパークを散歩。

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高層ビルが緑の上にそびえるのが、いかにもそれらしくていいですね。

しかし、暑いし――といっても32、3度だと思いますが、湿度が高い――おまけにやたら広大なので、一時間ほど歩いて音を上げ、いったんホテルへ。シャワーを浴びたり着がえたりしてから、一昨年のクリスマスに混みすぎていてあきらめた自然史博物館へ出かけることにしました。

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1時半から館内のシアターで見た「アマゾンアドベンチャー」という3D映画がとてもよくできていておもしろかったです。ヘンリー・ベイツという19世紀の探検家で、ダーウィンの進化論の傍証となる、蝶の擬態の研究をした人の伝記でした。
2時半の「ダークユニバース」はプラネタリウムの映画。ダーク・マターとダークエネルギーを映像で説明しようという、意欲作なんだけどやっぱりわからないよねーという、宇宙論の話にありがちな展開だったけどおもしろかったです。考えてみると、昨年、ラングの本をやったときビクトリア朝に少しふれたし、サイエンス本の下訳や
アインシュタインの伝記で曲がりなりにも少し宇宙論に触れたので、それなりに楽しめてよかったなと。鳥頭で、すぐ忘れちゃうんですけどね。

地図が不親切で自分が館内のどこにいるかさっぱりわからなかったり、展示ひとつひとつについて専用のショップがあることに驚かされたりもしましたが、半日たっぷり楽しみました。

夜もマンハッタンで食事(@River Cafe)して、ウーバーで帰宅。

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今回の滞在は、ちょっぴり仕事もしつつ、後半はわりとしっかり遊びました。
あっという間に3週間。ぴっちはどうしてるかな~(息子よりまずネコ)。
明日、早朝の飛行機で帰国します。

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マイアミ2泊旅行(ほとんど野球)

8月11日(土)~13日(月)までマイアミに2泊してきました。

そもそもの目的は、マイアミにある夫の会社のお店(セイコーブティック)の新しい店長さんとの顔合わせとかだったりするので、半分はダンナの仕事のつごうから生まれた旅行なのですけどね。でもわたしにとっては初めてのマイアミでした。

土曜日は、3日前にうちに花を持って来てくれたあのブルースさんが空港まで迎えにきてくれて、そのままセイコーブティックを訪問後、近くのレストランでくだんの店長さんともうひとりの社員(ふたりともアメリカン)を加えた5人でランチ。

ブルースも、ふたりのアメリカンも、時計が大、大、大好きで超くわしい「時計オタク」なんですよ。なんの世界にもオタクっているのね~。わたしはぜんぜん会話に加われなかったけど、オタクの人たちの会話って、なんか端で見てると目きらきらさせちゃって楽しそうなのだった。

このあといったんホテルにチェックインしてから、夜はマイアミ・マーリンズの球場〈マーリンズ・パーク〉へ。

Dsc_1458_r やしの木がマイアミっぽい。

昨年は、愛するオリオールズの本拠地、メリーランド州にあるカムデンヤーズに行ったのでした。それがこちら↓

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球場対決はやっぱりカムデンヤーズに軍配をあげたいかな~。1992年に完成したカムデンヤーズは「レトロモダン」の球場と呼ばれて、その後メジャーリーグに、機能面だけでなくフレンドリーな雰囲気のある球場の建設をうながしたといわれています。

マーリンズは、昨年までイチローが在籍していたこともあって、日本でもちょっと認知度が高まりましたが、前オーナーが球団を身売りして今年からデレク・ジーターがオーナーのひとりになり、高給取りの選手たちを軒並みトレードして一から再建している真っ最中。この日の相手はやはりあまりシーズンの成績がいいとはいえないメッツで、実力伯仲のせいか(?)点をとったりとられたりの好ゲームでした。

チケットは当日券でもとれるだろうと思っていたのですが、ダンナの仕事がらみ旅行ということもあって、マーリンズのフロントの人からチケットをもらうことになり、バックネット裏の最前列というたいへんな席にすわることに……。たぶん現地のTVにはずっと映っていたことでしょう。おそろしい……。すばらしい席だったけど、ずーっと落ちつかなかった(^_^;;

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この近さ。

試合は延長戦になり、残念ながら途中で帰ったのですが、さいごはマーリンズがサヨナラ勝ち。さいごまで見てればよかったかな。でも延長戦っていつまでやるかわからないから賭けみたいなもんなんですよね。

翌12日はいい天気。(前日はちょっとくもり気味でした。)

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朝は砂浜をはだしで散歩して、近所のカフェでオムレツ。

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そのあと、またブルースの案内で車で20分ほどのところにある「サウスビーチ」の繁華街へ。

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こういうフルーツジューススタンド、NYにもたくさんあるけど、マンゴーの美しさにノックアウトされました。子どものころ絵本で見たマンゴーだよ、これは。
マンゴー+バナナ+オレンジ+アロエ+ちょっぴりジンジャーのジュースおいしかった。

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すごくいい香りをただよわせていたスパイスとお茶のお店。思わず何袋かショッピング。
右は〈スシサンバ〉という謎の店名(笑) 行かなかったけどなんかいい。

で、昼間はまたしても球場(デーゲーム)へ(笑) またコネでいただいたチケットです。ごめんなさい。今回はマーリンズベンチの真横というこれまたスゴイ席だったので、遠慮してあまり写真もとらなかったけど、マッティングリー監督がよく見えました。
若返りをはかっているマーリンズは、メジャーに昇格したばかりの選手もいたりするので、そういう選手は、凡退して帰ってきても、監督がポンとお尻をたたいてはげますんですよね。

先発はメッツがシンダーガードという100マイル投手、マーリンズが中日からオリオールズに行って、去年からマーリンズで投げてるチェン・ウェイン。わたしにはとてもうれしいマッチアップでございました。

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チェン、負けたけど元気な姿見られてよかった。4-3でメッツが1点差勝利。

Dsc_1519_r  にせマーリンズファンです(笑)

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マーリンズパークは屋根が可動式なのですが、夏は暑いし、毎日のように突然のスコールがあるので、たいてい屋根を閉じているのだそうです。チケットをくれたフロントの人(企業スポンサー担当部長みたいな人)によれば昨年は年間で7日しか試合中に開けていた日がなかったそうな。今年はもう20日間開けたとのこと。試合後に屋根が開いたのがちょっとふしぎだったんだけど、たぶん天然芝だから日照時間も確保しないといけないんでしょうね。

その部長さん、まだ若いのですが、7年間メッツで働いて、そのあと個人的にデレク・ジーターのもとで働き、ジーターがマイアミを買収したので昨年末にマイアミに引っ越してきたのだそう。NYにくらべて何もかもスローだし、なれるのに時間がかかったけど、それなりにこっちの生活もいいとおっしゃってました。マイアミはラテンアメリカ色が濃いし、全体的にのんびりした感じで、NYから来るとほんとに異文化なのでなんかわかるわ。
会話のなかで"Do you like Yankees?" ときかれたので"I hate Yankees."と率直に答えたら"That makes two of us." というので笑いました。同じニューヨーク球団で、よりマイナーなメッツで7年働いてればそうなるか。でも、ヤンキースのレジェンド、ジーターのもとで仕事してるのに~(笑) なかなかおもしろかったです。

夜はサウスビーチの〈Casa Tua〉というたいへんナイスなレストランで食事。
おいしゅうございました。

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そして13日(月)。朝、5時前に起きて空港に向かい、7時発の飛行機に乗りこんだら、NY~NJ地区の豪雨でなんとニューアーク空港が閉鎖になり、いったん飛行機を降りてつごう5時間待つことに(^_^;; 昼ごろにはニュージャージーに着く予定だったのに、家に帰りついたのは5時すぎでした。でも欠航便もたくさんあったようなので、飛んだだけましかな。
天候不順半端ないですよ。

そんなこんなで、2泊しかしてないし、野球しか見てないのに(笑)1週間ぐらい遊んでいたような気がするマイアミ旅行でした。

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2018年8月15日 (水)

ニューヨーク・パブリック・ライブラリー

8月10日(金)

前々からなかに入ってみたいと思っていたニューヨーク・パブリック・ライブラリー。
五番街と41~42丁目あたりにあるので、ミッドタウン行きのフェリーで39丁目に着けば、あとはひたすら横に突っ切るだけじゃん、と思い、午後から急きょ出かけることに。ちなみにWikiによれば、パブリック・ライブラリー(公共図書館)といっても、公立ではなく、民間からの寄付で運営されている私立の図書館なのだそうです。

で、「横に突っ切るだけ」なのですが、じっさいに歩いてみると、これがけっこうあるんですよね(笑)

ストリート(~丁目)をあがっていく、つまり今回の場合だったら39丁目の船着き場から42丁目まで歩くのはわりとすぐなのです。でも12番街から5番街まで横につっきるのは、すごくかかる。その間に通りの雰囲気もどんどん変わっていきます。やっぱりマンハッタンは歩いて回るのがおもしろいなあ。

とちゅうでついつい、おなじみのアパレルショップLOFTにふらっと立ち寄ったりしながら、どうにか図書館へ。

この日は、まず42丁目のチルドレンズセンターの入り口から入りました。五番街に面した本館と、同じ敷地内にあるんだけど、なかでつながってはいません。

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たまたまやっていた「ほんもののプーさん」の展示。ミルンが息子のクリストファー・ロビンの誕生日に少しずつプレゼントしたぬいぐるみたちです。書棚の上にも巨大なぬいぐるみがいたりして、たのしいし、何かこうバッチリ心に焼きつく印象度がすごい。

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窓の上の壁画とかね。ひとつひとつすてきです。そしてひろーい閲覧室。寝そべって本を読んでいる親子もいました。

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つぎに五番街へまわって本館へ。(入るとき出るとき、いちいち持ち物検査があります。)
こちらのおめあてはショップ。写真は名言入りトートバッグ。はげしく迷ったけど、ちょっとサイズが小さくて見あわせ。

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こんなすてきな装幀のノートとか。もうどうしてくれようって感じでしたが、ぎゅっと欲望を抑えて、この黒猫のトートバッグを購入。抑えてないか(笑)。

なかなかひとつひとつ本を手に取ってゆっくり……とはいきませんでしたが、雰囲気が味わえてよかったです。      

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ニューヨークでやまねこオフ

8月9日(木)

香港在住の翻訳者で、やまねこ翻訳クラブのメンバーでもある中井川玲子さんが、かつてご自身も暮らしていて、今はお子さんたちが大学で学んでいるアメリカを訪問されるということで、急きょ連絡を取り合い、彼女の宿泊先の近くであるロウワー・マンハッタンで会うことになりました。

ニューヨークでやまねこの人とオフするなんて、なんだかふしぎだし、かっこいいわ(自分で言うか)。

ニュージャージーからロウワーマンハッタンまでは、おなじみのフェリーで移動。

そのあと船着き場のブルックフィールド・プレースからほど近い某書店B&Nで、玲子さんとご家族と待ち合わせ。やまねこオフはやっぱり書店で待ち合わせしないと(笑)

ニャーロウと写真が撮りたくて、お店の人に写真を撮ってもいいかどうかきいたら、やっぱりマネージャーから許可をもらわなきゃダメ、と言われました。でも"I just wanted to take pictures with this guy." とニャーロウを見せたら、「ぼくが見てないところで撮ってね」と(笑)。ありがとう、B&Nのおにいさん。

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いろいろ言ったわりにニャーロウ小さくてごめんなさい。

わたしが今、訳してる本のひとつ Ghost は――な~んてカミングアウトしたら、ぜったいちゃんと仕上げなきゃだけど――玲子さんも大好きな本。作者のジェイソン・レノルズは、高校生ぐらいになるまで本をまともに読んだことがなくて、でもラップを聴いてから詩にはまり、そこから書き始めたという人。それだけに文章にもリズム感があって、ラップみたい……と、ずーっと思っていたのです。そしたら玲子さんも「ジェイソン・レノルズって、児童書のケンドリック・ラマーですよね」というので、「でしょー!!」と盛りあがりました。といってもケンドリック・ラマーもわたしはまだ映画『ブラックパンサー』のテーマ曲だったAll the StarsWeekend ぐらいしかヘビロテしてる曲はないんですけど……。

このあと玲子さんのご主人とお嬢さんもいっしょに歩いて五分ほどのところにあるラオス料理の店に移動。

もちごめのようなご飯と、車エビの炭火焼きのセットピリ辛ソース添えをいただきました。
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エビがぷりっぷりでおいしかったです~。小鉢の真ん中の赤いのが「バンバンソース」と呼ばれる辛いソース。これはマジで辛かった(笑)ラオス料理ってタイ料理系なのかな? 一度の探訪ではわからず。

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お店の前で記念撮影。お嬢さんは、今、獣医学科で学んでいらっしゃるそうです。犬、ネコのような小動物が専門だけど、牛のおしりにずぶぶぶと手を突っ込んで妊娠判定するなんてのも体験したそう。いろいろお話をうかがって楽しかった! またぜひお会いしましょう。

このあとわたしは1時間ほどてくてく歩いて、18丁目にある〈ブックス・オブ・ワンダー〉へ。だいぶ長いことすわりこんで、前から気になっていた本を2冊買い、そのあとスタバで、うち1冊の絵物語を読みました。

夜は、夫と落ち合って13丁目のKosakaで寿司。ごめん、ぜいたくした。すごくおいしかったです。お客さんは、わたしらの他は全員アメリカンでした。

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2018年8月 9日 (木)

お客さまからお花。

8月8日(水)

朝からずーっとすわりこんで翻訳。だいぶ眠気がとれてきたので、こちらに来てからいちばんはかどったかな。一日中陸上本を訳してました。これ、いい本にしたい! もちろんどの本もみんないい本にしたいと強く思いながらやっているんだけど、これは、まったくやったことのないタイプの主人公なのでとくに。訳しながらも、きみのことをもっと深く知りたいという思いがあります。

夜、またお客さんが来ることになっていたので、2時ごろから、仕事の合間にちょこちょこと夕はんの仕込み。煮込み料理だったりするので、火にかけっぱなしにして忘れないよう、タイマーを設定しておいて、放置しているあいだはほかの下ごしらえをしたり、仕事したり。

招いたのは夫の会社の人で、十年ぐらい前からアメリカで仕事をしているフランス人の男性。

7時すぎにやってきた彼は、なんと、玄関を入るなり、大きなフラワーアレンジメントをわたしにプレゼントしてくれました✨ こんなのはじめてだよ~~。
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すてきじゃないですか~? しかも、テーブルにかざってきれいきれいと喜んでいると、「なんの花が好きですか? 色は? じゃあフローリストに伝えておきましょう」って。いや、わたし、奧さんでも恋人でもないから!(笑)

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しかもダイニングに通すと、こんどは、「ぜんぶひとりで用意したんですか? 何か手伝いますよ」って言ってくれるし、食事がはじまると、レディーファーストだからといって、けっしてわたしより先に料理をとろうとしないし、もう、ついつい「フランス人男性、すごい!」といいたくなってしまうのだけど、わたし、ほかにフランス人の友だちいないし、夫によれば「あいつの気のつかいかたは特別」だそうなので、一般化するのはやめておきます(笑)。

自分でもいっていたけど、フランス人はわりと外国語の不得手な人が多いそうで、彼もアクセントの強い英語でした。なので、ある意味気楽にアクセントのある者同士で翻訳の仕事のことや、会社のことやいろいろ話しておもしろかったです。

マイアミに自宅のある人なので、あさってからのマイアミ旅行のときまた現地で案内してくれるそうで「送り迎えでもなんでもしますよ。でももちろんプライバシーは尊重するから!」ってえらい張り切ってて、だいじょうぶなのか、って思ったりもするけど、ほんといい人。

ちなみに奧さんはロシア人で、娘さんがふたりいて、彼自身はフランス語と英語しかできないけど、娘さんたちは三カ国語できるそうな。コスモポリタンですね。

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2018年8月 8日 (水)

ハドソン川、光のショー。

8月6日(月)、7日(火)

きのう夕方の、ちょっとした光のショー。
摩天楼に反射した夕日がハドソン川に金色の日だまりを作っていました。
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          日だまりはぐんぐんのびて……。

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               スポットライトのなかに船やヨットが浮かびあがります。
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やがて光はこちら岸まで届いて光の橋に。橋を横切る船。7時半すぎからほんの5分間ほどのできごとでした。
日曜日に17000歩あるいたせいか、きのうはまた昼間眠くてほとんど仕事にならず。

でも今日、火曜日はようやく昼も眠気におそわれることなく、まずは通信講座の仕事をメールで日本に送信。ほっとした~。やっぱり時差ぼけがとれるのには1週間かかるなあ。
そのあと、陸上本は3ページ。うう。またあしたがんばろう。

しかし今週は木曜日も出かける予定。(うふふ。)そして土曜日からは2泊の予定でマイアミ旅行に行きます。なんだかんだ、出歩くのであった。
 

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2018年8月 7日 (火)

ハーレム ゴスペルツアー

8月5日(日)

来てから5日めにして初めて朝から快晴。

早朝から夫とともにウーバーでマンハッタンへ。ハーレム在住の日本人ライター堂本かおるさんが主宰しておられるウォーキングツアーに参加するのです。

9時に110丁目と〈マルコムXブルバード〉の角にあるダンキンドーナツで集合。少し早く着いたので、ドーナツと「スイートブラックペッパーベーコン」というサンドウィッチをシェアして食べました。クロワッサンにベーコンと目玉焼きがはさんであって、おいしかったです。アメリカのダンキンは、ホットフードが意外とおいしい(カロリーは高め)。

この日の参加者はうちのほかに、もうひと組のご夫婦と、女性ふたり。教会にむかって歩いていきながら、ポイントポイントで堂本さんが、わかりやすい解説をはさむという形。

Dsc_1332_2 マルコムXゆかりのイスラム教寺院。

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Luke Cage というTVドラマシリーズの舞台になった建物。(左が、きのうわたしがとった写真。右はウエブより。)
このドラマは、同名のマーベルコミックを原作にしたスーパーヒーローもの。全身が防弾の体というサイボーグ?に改造された主人公が拠点としているのが、この床屋だそう。
それまで黒人が主人公の作品は売れない、というのがアメリカでは定説だったけど、このドラマが人気を博して黒人ものに端緒をひらき、そのあと作られた、やはりマーベルコミック原作の「ブラックパンサー」が、歴代興行収入でアナ雪やタイタニックを抜くメガヒットを達成したのでした。(ここらへん、堂本さん+次男の受け売り。)

この建物の前で堂本さんの話をききながら、おもわず日本にいるマーベルファンの次男に「ルーク・ケージって知ってる?」とメッセしたら、「このあいだ話したばかりでしょ。全身がbullet proofの」と怒られましたw 名前おぼえられないんだよー。
あ、あと、再開発でかなり手が入ったとはいえ、むかしの街並みが保存されていて、かつ交通規制の許可などがとりやすい(らしい)ハーレムは、映画やドラマのロケが非常に多いのだそうです。

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そしてハーレムのあちこちに数多く存在する、大小さまざまな教会(教派はそれぞれちがうそう)を見ながら、ゴスペルをきくことになっている〈ベセル・ゴスペルアセンブリー〉というプロテスタントの教会へ。

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上の建物は超高級アパートだそう。

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なかは二階席もあって、ちょっとしたシアターのような空間。2000人収容だそう。
このホールのほかに別のホールもあって、そちらではフランス語の礼拝がおこなわれていました。(こちらの礼拝でも海外から訪れた人のためにフランス語とスペイン語の通訳が入ってた。)

定刻になると、いろいろ前置きをすっとばして、もういきなり大迫力の語りがはじまり、それがそのまま歌になって、聴衆もすぐ立ち上がり、体をゆらしながらいっしょに歌い……という流れ。わたし宗教的なものってちょっと苦手だったりもするんだけど(早稲田の入学式で右手を振りながら「都の西北」を歌うのさえちょっと引いた)、このゴスペルは、なんだろう、歌の迫力に吹っ飛ばされただけかもしれないけど、このつらい現実のなかで人間を見まもってくれているはずの神さまを求める気持ちが、すなおにびりびり伝わってきてよかったです。

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歌の動画はこちらからどうぞ(許可を得て撮影しています。ぶつっと切れてすみません。) 

動画見るとあらためて思うけど、聴いている人たち(信徒さんたち)の動きが思い思いで、統制されたものじゃなく、ほんとうに自分が感じたままに反応しているのが自然でいいなと思います。
スクリーンがあって、歌詞が出たりするのもわかりやすかったし。
月初めなので、ひととおりゴスペルを歌い終えるとコミュ二オン(正餐式)があり、さらに寄付をつのる時間があって、わたしたち観光客もそれぞれ5ドルずつ寄付。このあいだもずっと教会の人たちはそれぞれの式次第にあわせた歌を歌っていました。

このあとさらに牧師さんのお話があるようでしたがわたしたちはここまでで中座。別室に移動して、やはりハーレム在住でこの教会のメンバーである打木希瑶子(うちききょうこ)さんという女性に教会の成り立ちやキリスト教、聖書の基本的なことを1時間ほどうかがって、おひらきとなりました。とても濃い3時間でした。

堂本さんがランチのできる場所の地図もくださったので、116丁目にあるソウルフードの店に行こうとしたら、そこは超満員で外まで人があふれていたので断念。121丁目にあるCheriという「フレンチレストラン」という触れ込みの店へ。とてもきれいな内装で、お客さんは観光客がほとんど。

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わたしは「ラムバーガー」というのを注文してみました。ラムのバーガーだった(笑)
おいしかったけど、これどうみてもアメリカンだよね?? 

このあと、ミッドタウンへ移動して、夫の会社の店舗(セイコーブティック)をのぞいたり、バーンズアンドノーブルに寄ったりして、計17000歩あるいた~。前日までと打って変わってすごく暑かったので、   さいごにミッドタウンのバーでビールをいっぱい飲んで(おいしかった!)カラマリのフライと、ガスパッチョ(おいしかったけど、日本人が想像するガスパッチョとはちがっていて、完全にクリーム状だったので、見かけはかなり謎でした)を食して帰宅。

やっぱり久しぶりに出歩くと楽しいな。でも片づけないとならない仕事があるから、またしばらく籠もります(^_^;;

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2018年8月 6日 (月)

アメリカの中学生に時間割についてきく

8月4日(土)
夕飯に、夫の会社の日本人駐在員であるSさん一家を招待しておしゃべりしました。

夫はちょくちょくS家で夕飯をいただいたりしてさんざんお世話になっているのですが、わたしがお目にかかるのは昨年こちらに来たとき以来1年ぶり。海外生活の長い方たちであるせいか、お話をきいているとおもしろい。

今、わたしは中学生が主人公の本を訳しているので、S家の中2(公立中学)のお嬢さんに、学校生活のある一面について、根掘り葉掘りきいてみました。 
それは「同じ担任のクラスに所属する生徒でも、生徒個人個人の時間割はバラバラ」ということ。いっしょうけんめい質問したけど、まだ全貌はつかめず(笑)。なんとなくわかったのは以下のとおり:

・1クラスの人数はだいたい20人前後。
・主な時間割はA~Cぐらいまで3種類ほど。理系の科目を軸にしたのと、English(国語)を軸にしたのとで何種類かある。
・そのほかに、バンドを取ってる子、コーラスを取ってる子など、芸術系(?)の選択科目の違いによって、細かく分けるとA~Fぐらいまである。
・午前中に英数国などの基幹科目、午後は芸術系やPEなどが多いっぽい。

そしていまだによくわからないのが
・A、B、Cなどのコースは、その子によって固定なのか、日々変わるのか。(A、B、……等のちがいが理系中心、English中心、とかだったら、変えざるを得ませんよね?)
・なんでそんなにフクザツなのか。
・時間割組むのが大変じゃないのか。(大変らしいです)
・子どもも自分が今日どの科目をやるんだか、よくわかるね?
といったこと。

パパもママも、「へー、そうなんだ!」「はじめてきいた!」と興味しんしん(笑)。このお嬢さんは学校のミュージカルにも参加していて、夏休みの最初に公演があるので(昨年はわたしも「マダガスカル」を見せてもらいました。)パパが「おまえ劇もやってるじゃない。あれはどうなるの?」ときけば、ママが「あれは授業じゃないよ! アフタースクールみたいなもの」と返したりして、なかなか話が進まないんだけど、おもしろい。コーラスとかバンドが授業の一環に組み込まれてるのもおもしろいし。この学校は公立とはいえ、わりと教育レベルが高いらしいので、学校によっていろいろちがうのでしょうけど。

ああ、そうそう、時間割のなかに朝一番の「ホームルーム」というのがあるようなので、日本の学校のそれと同じようなのかなと思って、それもしつこくきいてみた。やはりだいたいざっくりと出席をチェックしたり(20人前後なら、いちいち名前を呼んで出席をとらなくても、顔見たらわかりますよね)ということのようだけど、これも各人の時間割によってちがっていて、自分の担任の先生が教える教科とちがうものが朝イチに組まれている子は、いったん自分のクラスに寄るだけですぐ移動してホームルームはなし、とかいうこともあるみたい。

われわれ翻訳者を悩ませる小学校/中学校の区別も、やはり地区によってかなり違うようですね。固定なのは、8年生で中学を卒業し、高校は9年生から12年生の4年間ということで、ミドルスクールが6年生からなのか7年生からなのか(あるいは5年生からなのか)、というのがかなりまちまちらしい。

英米の児童書をあれこれ読んだり訳したりしてるけど、じつはすごく基本的なことがあまりよくわかってない(^_^;; もう、時間割のプリント(そんなもんあるのか? プリントとか?)とか見せてほしいし、朝から晩まで授業参観してみたいよ、なんて思ってしまいました。

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2018年8月 5日 (日)

ホールフーズ

8月4日(土)

時差ぼけなおった、と油断したとたん、3時前にめざめる人。そのあとぜんぜん寝られまへんでした(^_^;;

ダンナもやっぱり早く起きたので、いっしょに7時ごろからマンションのジムでワークアウト。

有酸素系のマシンを中心に40分ぐらい運動しましたぜ。この程度じゃやせないだろうけど。
朝食後、さっさと買い物すませようと、車でホールフーズに向かったのはいいのだけど、ものすごい土砂降り。とにかくこちらに来て4日間、朝から一度も降らなかったという日がないのです。湿度も基本的に高いし、昨年のからっとした夏と比べると、今年はすごく多雨です。
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ホールフーズは、いつもながらおもしろかった。あちこちで言ってるけど、食料品店は、商品の種類も陳列のしかたも、いろいろちがっていて、なんかわくわくするのです。

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バナナぶら下げてるし(傷まなくていいんですよね)。オリーブだけでこんなに種類あるし。
きょうはお客さまが来るので、でかい牛肉とホタテ、それにサラダの材料を少々購入。

そして今、午後2時まえ。ようやく少し晴れてきたかな。
気休めにすこしだけ仕事もしたので、きょうはもう、そちらは店じまいして、お客様をむかえる支度にかかろうと思います。

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2018年8月 4日 (土)

少し眠気がまし(8月3日)

8月3日(金)

6時ごろ起きて、きのうのPFチャンのチャーハンをドギーバッグにしてもらったものをチンして朝食に。それとキウイ。ドギーバッグは、一見すると200ccのマグカップぐらいの大きさをした紙の容器なんだけど、ものすごくぎゅうぎゅう詰めになっていたので、ふたりで食べてもまだ余って、また昼にも食べました(笑)。どんだけ押しこんだんだ。
わたし5月ごろから地味に糖質オフダイエットをしていて、2キロぐらい体重が減ったんだけど、こちらへ来て3日で順調に増えてますよ(^_^;; おそろしい。

きょうは仕事の順序を変えて、午前中に陸上ものの1、2章の見直しをしてみた。
こういう口調で訳したことないから、これでいいと思えるまでしつこく見なおしながらやっていて、たいへん効率が悪いです。でもたのしい。

午後は選抜課題の審査つづき。これからカイコの直しも少し。
今のところきのうほど地獄の眠さはおそってこない。少し時差ぼけなおってきたかな……?
4時半。アパートのメンテのおじさん来る。キッチンのシンクが詰まって流れが悪いので、日本の百円ショップの詰まり解消グッズでごりごりやってみたけど直らず、見てもらうことにしたのだ。リクエストを出したのが今朝だったので、めっちゃリスポンスがよい。
やってきたのは、ギリシアかトルコあたりの人かなあという風貌のおじさんで、すぐに問題点がわかったらしく(シンクに備えつけのディスポーザーが詰まっていたのだ)その解消法を教えてくれた。おじさん、アクセント強い。わたしもジャパニーズアクセントだしな。

ちょうど、夕食を仕込んでいるところだったので、さいごに"Smells good!" といって帰っていきました(笑) ありがとう。

マンハッタンは今日もくもり。こちらに来てからずっと基本的にどんよりしていて、湿度が高く、ちょっと油断すると雨が降ってくる。

そしてわたしは一日家にこもって仕事をしている。これなら埼玉にいても変わらないかも(^_^;;
でも明日は、いつもお世話になってる駐在員のSさん一家を招く予定。そしてあさっての日曜日はマンハッタン。少しは異国にいる感じを味わえるでしょうか……?

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2018年8月 2日 (木)

NJ日記(1日、2日)

いろいろすっとばして、今年もまたニュージャージーに来ています。

このブログでは、写真を入れようと思うとサイズダウンしたりいろいろめんどくさくて、結局やらずに終わってしまうので、もうはなからあきらめて自分用に雑記だけ。
7月31日(火)
成田発。出張帰りのだんなさんといっしょなので楽でした。
飛行機、とちゅうで少しゆれたけど、まあまあ。
昨年はJFKに着いてから入国審査にたどりつくまでに2時間近くかかってものすごく大変だったけれど、今年はスムーズに入国。ハイヤーでマンハッタンを横切り、ニュージャージーへ。
夫も日本出張から帰ってきたところで、なにも食料がないので、荷物を置いてからトレーダージョーへ行って、野菜類、ソーセージ&卵類、肉類買う。
8月1日(水)
時差ぼけで3時半ごろに目覚め、そのまま起床。なのでちゃんと目玉焼きとサラダの朝食つくって、ふたりで食す。夫は出社。

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わたしは午前中はカイコ本の直しを少しすすめ、午後は陸上部が舞台の物語の翻訳をどうにか4ページ。昼間眠くて死んでたので、ちっとも進まない。
デーゲームでオリオールズがヤンキースに勝利。ちょっとうれしい(笑)
だんなは5時ちょっとすぎに帰宅。はええ。ぜんぜん外に出ていなかったので、散歩がてら近所のAcumeで少し買い物。気温はたぶん30度あるかないかで、酷暑の日本にくらべたらぜんぜん楽だけど、湿度が思いのほか高くてベタベタしてる。アメリカってもっとからっとしてなかったっけ?
夜は、トレーダージョーの牛肉。バリバリ赤身だけど、叩いて塩こしょうして、しばらく置いてから焼いたらおいしかったです。赤身好き。

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ドリエルを飲んで就寝。
8月2日(木)
起きたら8時近くで、だんなはもう出社してました。
「豪華な朝食つき」の生活は1日で終了(笑)
でも、きのうの残りのポテサラとソーセージで自分だけはしっかり朝食とる。なんなんだよ。
掃除機かけ、洗濯まわす。
昨日の夜(というか、日本だと昼間だけど)通信教育の選考試験のファイルが届いたので、今日はそれをみないと。応募者けっこういたみたい。ありがたいことです。

けっきょく午前中は、課題応募のチェックと、カイコ本のチェックを少しずつ。
午後、陸上本の翻訳を進めようとしたけど、とにかくまだ日本が真夜中のゾーンにさしかかるこちらの2時~5時ごろがねむすぎて、ほとんど進まないのです。明日は順序を逆にしてみようか……。

夕飯は、近所のチェーン系チャイニーズ〈PFチャン〉へ。

Dsc_1297  なんなんでしょうね、この巨大な馬。

店員にもお客にもほとんどアジア系いません。
まずくはなかったけどね。スプリングロールとエッグロールというのがあったから、とってみたけど、ちがいはわからなかった。どちらもふつうに春巻き。

Dsc_1300 店員にエッグロールとスプリングロールはどこがちがうの、ときいたら、「基本的に同じ」という答えでした(笑)

あと、レタスラップというのは、ジャガイモや肉をいためたものをレタスで巻いて食べる料理で、わりとおいしかった。

Dsc_1301  レタスしか映ってないな(笑)
そして最後に頼んだチャーハンがものすごく巨大で、ふたりしていくら食べてもまったく減らなかったので、紙のカートンに詰めてもらって持ち帰りました。

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帰ってからまた少し陸上本のつづき。日本が昼のせいか、この時間の方が元気……でももう寝ないといつまでたっても時差ぼけ治らないよな。やっと2章を終えたところ。黒人少年の一人称で進むお話で、語り口に悩みながらやっている本なので、ここらでもう一度見なおしてから先へ進むつもり。Audibleで原作の朗読も聞き直そう。

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2017年11月 6日 (月)

父が亡くなりました(&お岩さんになった話)

ニュージャージーの話をまとめるとか言ってるうちに夏は過ぎ、いつのまにか晩秋に……。

10月31日、父が亡くなりました。
2011年12月に母が亡くなったあと、父はずっと自宅でひとり暮らしをしていて、昨年の今ごろから徘徊がひどくなり、2月にようやく施設に入所し、そのホームがとても気に入っておだやかに暮らしていました。
けれども8月末に風邪をひいて、いったんは受診のみで帰宅したものの、悪化して肺炎で入院。そのあと肺炎そのものはおさまって、呼吸や痰もずいぶんマシになったのですが、ものを食べるところまではいかず、中心静脈栄養だけで命をつないでいました。
それでも治そうという意欲はずっとあって、亡くなる2週間前の10月18日に病院をたずねたときには、「治ったら、デパート行きたい」と言っていました。もっとも看護師さんに「この方はどなた?」と聞かれると、「いもうと!」と答えていましたが(^_^;;
そんなこんなで、年内はもつんじゃないかという気もうっすらとしはじめていたのですが、31日の朝に急変。その日はちょうど「読書探偵作文コンクール」の最終選考会の日だったので、わたしはどうしても行けなかったのですが、妹がかけつけてくれたときには、すでに息を引き取っていたそうです。
父は大正13年生まれの93歳。法政大学の学生だったとき学徒動員で関東軍に編入され、終戦後はシベリアに抑留。そのころの話は子どものころからしょっちゅう聞かされていましたが、何年に入隊して、どこへいって、それから……というような系統だった話は一度もきいたことがないんですよね。後悔があるといえばあるのですが、父は自分の話したくないことをきかれると激怒する人だったので、わたしは子どものころからその地雷をふむのがこわくて、あまり父親とは突っ込んだ話をしたことがありません。たぶん妹のほうが父とコミュニケーションをとるのはうまかったんだろうな。
それでも、出征前になじみの喫茶店に行ったら、代用ではない本物のコーヒーを出してくれて、それがすごくおいしかった、とか、死にかけた戦友を背負って歩いていて、死んだ途端にずっしり重くなったとか、いくつか頭にこびりついている話はあります。
あと、学生時代にドイツ語やロシア語をかじっていたおかげで(また、法政で自動車部のキャプテンだった(本人談)おかげで)、収容所でも通訳や運転手として重宝され、ある程度重労働を免れたりというのもあったようです。日本が焼け野原になった写真を見せられて、こんなところに帰るよりここに残ったらと勧められたなんて話もよくしていました。
そして、引き上げてきたとき、最初に耳に飛び込んできたのが「東京ブギウギ」。日本はどうなっちゃったんだ、もうおしまいだと思ったそう(笑)。
復学すると、残っていた単位を一気にとりまくって、卒業。そのとき保険会社の内定だか誘いだかももらったそうですが、それをことわって読売新聞の試験を受け、入社。新聞社のほうがはるかに給料が安かったようですが、「こっちのほうがおもしろそう」だと思ったと言ってました。
ただ、その新聞社勤務が本人にとってはまたストレスの源ともなったわけで、「まわりは右顧左眄する連中ばかり」としょっちゅう家でくだを巻いていたおかげで子どものわたしは「うこさべん」という言葉をおぼえたのでした(笑)。果ては、月に一度か二度大爆発して、妻に暴言、暴力。子ども時代のわたしにとって、父は恐怖の対象でしかありませんでした。
でも同時に、外国への興味や感性をを植えつけてくれたのもたぶん父なんですよね。「これからの日本人はインターナチオナーレにならなきゃいかん」と常日ごろ言っていましたから。それが親子ってもんなんでしょう。まことにやっかいなものです。
最晩年、認知症が出てからの父は、むしろ若いころよりはおだやかで、ときにはヘルパーさんにドイツ語の歌をうたって聞かせたりもしていたよう。ホームでは、女性の職員の人たちに人気があったとか。たいへんよくしてくれるホームで、食事もおいしいし、お散歩に連れていってくれたりもしたので(その分もちろん家賃もそれなりに高くはあったけど)、もうあと半年ぐらい早く入所していればよかったかなという思いもないではないけれど、父は自分のお金で買った府中の家が大好きだったので、まあ、思い残したことはないでしょう。
さて、そんなわけで、また例によってしっかり者の妹がすべて葬儀の手配をすませてくれて、3日お通夜、4日告別式と決まり、2日の晩は、たまたま出張で日本に帰っていたダンナも含め、我が家には久しぶりに家族5人が全員集合しました。
それならばと、夕方から安いお肉でビーフシチューを煮込みはじめ、そこに府中の庭でとれたローレルも入れたりして、みんなで日本シリーズを見ながら食事。ついでに赤ワインをあけて、ボトル半分近く飲んだら、わたくし、トイレに行って出てきたところで倒れてしまったらしく(記憶なし)気がついたら救急車の車内でした(汗)。
さいわいCTでも異常はなくて、トイレで血圧が急低下したせいだろうと言われたのですが、ほんとあぶないよねー。家のなかだったからまだよかったけど、外だったらどうなっていたことか。極限まで疲れていたせいもあるけど、もう若くないしね。当分、お酒飲むのやめようと思ったことでした。(禁酒宣言?) 
で、バターンと倒れたとき額の左側を思いっきり床に打ちつけたらしく、初めはおでこの半分ぐらいまで腫れるほどのでっかいたんこぶが(>_<) 一晩中冷やしたら大分マシになったので、翌日のお通夜はどうにか無事にすませたのですが、その翌日になったら(病院でも予告されていたのですが)内出血の血液やリンパ液が下がってきてまぶたにたまり、完全にお岩さん状態に👻 お通夜には近所の人がふたり来てくれたのですが、告別式にはだれも来なかったのでよかったです(^_^;; 
あ、ちなみに読売新聞は、お花2つと弔電とお香典くれました。すごい。
(1日の日に家で片付けをしていたら、読売の社報がまだ届いていることに気づいたので、それを止めようとして連絡したのでした。そしたらお香典くれた。終身雇用のなごりですね。)

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2017年7月23日 (日)

またニュージャージーに来ています

7月8日から3週間の予定でまたニュージャージーに来ています。今回は少し長くて7月28日までいる予定。

前回は冬でしたが、すっかり夏空になってるよ~。
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サマータイム+北緯がけっこう高いことも相まって、8時すぎにようやく日没を迎えます。
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摩天楼に映る夕日。ときには黄金のように、ときには炎のように……。
前回は夫もクリスマス休暇でしたが、今回はなんでもないふつうの日々のなかにやってきたので、ひとりでマンハッタンを歩く日もあれば、アパートにひきこもってPDFで送られてきた翻訳のゲラ(念校)を目をしょぼしょぼさせながらチェック(パソコンもかかえてきたのです)する日もあるといった具合。
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ゲラチェック中の様子をわざとらしく撮影。このあと無事に校了いたしました。ちなみにパソコンが乗っているのはアイロン台です。

というわけで、まずは第1週のかんたんな備忘録を。

着いた翌日の7月10日。お昼は夫の会社の駐在員Sさん宅におじゃましてバーベキューを。なかなか日本ではお目にかからないがっつりした骨つき肉。

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Sさん一家は、うちのアパートから車で30分ほどのところにあるニュージャージー郊外の一戸建てにお住まいで、庭にバーベキューセットを置いています。外で焼いて、家のなかで切り分けて食べるというスタイル。おいしかったです。
7月11日(火)。
マンハッタンひとり歩き。クリスマスに行ったときは、だんなにくっついて歩いていたので、ひとりで歩くのは緊張します。でも、街がきれいな碁盤の目状になっているので、事前に行き先を決めてさえおけば、方向音痴のわたしでもどうにかなるのがありがたいところ。
まずアパート近くのフェリー乗り場から船でハドソン川を渡ります(乗船7分)。着くのが12thストリート(縦の通り)&40丁目(横の通り)あたり。この日は徒歩と地下鉄で、主にブロードウェイを北上。


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 69丁目のアパレルショップ。前回NYに来たとき唯一買い物をしたお店。なんとなく気に入ったので、今回もたずねてみました。ちょうどセールをしていたので、Tシャツなど何点か購入。





Dsc_1218_r おなじみのスタバ。数がめちゃめちゃ多くて、いたるところにあるし、ぜんぶポケストになってます(笑)。
 日本のスタバのようなおしゃれ感はなく、テーブルにゴミがちらかったままになっていたりするし、飲み物も特においしいわけじゃない。日本ではスタバの店員(バリスタ)になるのはバイトでも大変というイメージがありますが、こちらでは高校生でもバイトできるのだそう。


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このあと地下鉄に乗って110丁目のバンクストリート・ブックストア(児童書店)へ。地下鉄、昔はコイン型のトークンを入れる形でしたが、今はパスモのような(でももうちょっとうすっぺらな)電子チケットで乗車します。ブロードウェイの下を走ってるやつだけはどうにか把握して乗れるようになりました。(でも、先日はまちがえてエクスプレスに乗ってしまい、降りたい駅をどんどん飛ばされて泣きそうでした(笑))

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 2時間ほどいすわって、読み物を3冊購入。
 書店って一度行ったくらいじゃとてもみきれない。
 (そして買った3冊もぜんぜん読み切れてない。アカン(^_^;;)



7月13日(木)
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 日本を出発する前は、やまねこ翻訳クラブの創立20周年記念イベントの準備やら、ゲラ(2校)のチェックやらでたいへんあわただしく、こちらに来てからの観光予定を立てる余裕がなかったのですが、来てから「やっぱりブロードウェイもひとつぐらい見たいよな」と思い立ち、パソコンでうろうろと探して、"Phantom of the Opera(オペラ座の怪人)"の昼公演のチケットをオンライン購入しました。11日の街歩きのとき、シアターまで行って、あらかじめチケットを受領。そしてこの日、44丁目にある〈マジェスティック・シアター〉へ、またまたひとりで行ってきました。





じつは25年前、夫のコロンビア大学留学に同伴して、一家で1年間ニュージャージーのフォートリーに住んでいたとき、一度この演目を見ています。でもそのときは、すごーく大まかなストーリーしかわからなくて、ほとんど置いてきぼりでした(^_^;; 
ですので、今回は、あらかじめWiki先生(笑)のところであらすじを振り返り(じつは映画のファントムをまだ見ていないので、ちゃんとわかってなかった)、YouTubeの歌詞つきのビデオで歌も予習。25年前にはまだネットなかったからね~。ありがたいですわ。

劇場に入ると、席は前から5列目。売れ残りのチケットのわりにはとてもいい席です。そして、こまかい台詞は聞き取れなかったものの、今回はどっぷりとパリオペラ座の世界に没入。豪華な舞台装置、華麗な衣装、美しい曲の数々……。最後はファントムの孤独が胸に迫って、涙ぼろぼろになってしまい、終わってからトイレにいって鏡見たら目が真っ赤でした(笑)
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右は客席最前列あたりにあるせま~いオーケストラピット。終演後にもう一度前奏曲を演奏してくれました。は~~。よかったよ~。

このまま帰るのはなんとも惜しかったので、ブロードウェイをぶらぶら歩いてまた地下鉄に乗り、82丁目の書店バーンズ&ノーブルをチェック。
さらに、クリスマスのときちらっとのぞいたらアメ横のように混んでいた80丁目のデリカテッセン、ゼイバーズへ。

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どこのお店でもそうなんですが、どういうシステムで買うのかを見きわめるのがとてもたいへん。一度はここのデリカウンターで買ってみたいと思っていたので、まわりをきょろきょろしてまず番号札をとり、番号が呼ばれるまでのあいだにほかのお客さんを観察(笑)。
みんな、カウンターの上にカップがならんでいるのを指さして"A middle cup of~" という言い方をしていたので、なるほどと思ってまねしました(笑)。フルーツサラダ(といっても、角切りのフルーツをミックスしただけのもの)と、チキンのトマト煮を購入。ちょっと塩気が強かったんだけど、味つけはとてもおいしかったです。
あと、NYはとくにそうなのかもしれないけど、お店などでは、「わたしの発音大丈夫かな」などと緊張しながら英語でオーダーすると、店員のほうも思いっきりなまってることがよくあります。だから、うまくなくてもあまり恐れず、大きな声で明瞭に発音すれば伝わるんだなと実感しました。

こんなふうにして滞在第1週が終了。

このあと土日には、ボルティモア2泊旅行という大イベントがあったのですが、それはまた稿を改めて。

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2017年4月 5日 (水)

父がホームに入りました――その2――

(承前)

さて、2週間後に入居すると正式に決まったものの、ほんとうに入ってくれるのか。

まず妹ともホームの人とも相談して決めたのが「老人」と「ホーム」を禁句にするということ。今までこのふたつの単語には拒絶反応があったので、とりあえず避けようと。そこで、いつものように週末、買い物と食事のしたくに行ったとき「お父さん、この家寒いから、こんどホテルに行こうか。ヒノキ風呂もあるよ」と持ちかけてみました。(さっそく利用するヒノキ風呂。「ホテル」は、先輩から教えていただいたアイディアです。)

すると「ああ、それもいいね」と好感触(笑)。いい出だしです。

翌週には、妹とふたりでホームに出かけて正式契約をしました。こまごまとした説明を受け、ふたりで手分けしながら何種類かの契約書につぎつぎとサインしていきます。名前、住所、名前、住所、割り印、はんこはんこはんこ……。ペーパーレス社会はいったいいつ到来するんでしょうか?(ぜったい無理。)

支払いは、頭金をどんと払って月々の分を減らす方式もあるのですが、92歳ということもあって、頭金なしの方式を選びました。これをすんなり父の口座から引き落とせればいいのですが、ここでひとつ障害が。

父は通帳を何度も紛失し、作り直すとまた紛失。銀行印も紛失。キャッシュカードは作りたがらないので持ったこともない……というわけで、これまでも通院や買い物の支払いはわたしと妹が全部肩代わりしていました。2年ほど前に妹が一念発起して有給をとり、新しい印鑑を調達したうえで、父とともに郵便局に行って新しい通帳を作ったこともあったのですが、その場では発行してもらえず、その後実家に郵送されてきた引き替え用のはがきをまた父がなくしてしまったので、完全に心が折れて銀行関係は放置してあったのです。

そんなわけで「ホームに入ったら、成年後見人の手続きをしよう。それまではわたしが立て替える」と妹が提案してくれたので、その言葉に甘えることにしました。太っ腹の妹よありがとう。

引っ越しは2月12日。その前日に簡単な家具や寝具などを搬入し、12日日曜日、いよいよ作戦決行です。幸いにもいいお天気。これはほんとうに助かりました。

まずはわたしが一足先に実家に行って、着がえと食事をしてもらいました。じつはピンポーンといくら呼び鈴を鳴らしても、電話をかけても出ないので、「えっ、まさかお出かけしちゃった?!」とすごくドキドキしたのですが、寝ていただけだったようで、しばらくしたら玄関をあけてくれました。ふ~~。

そして、わたしが父とやりとりしているあいだに妹がやってきて、こっそり下着やら服やらを集め、必死にマジックで記名。前日、下準備に行ったとき、ホームの人から「服には記名をお願いします」と言われて、「それがあったか!」とのけぞったのでした(笑)。

そんな妹を尻目に、わたしはいよいよタクシーを呼び、父に「きょうお出かけしようか。タクシー呼んだから」と声をかけたら、すごくめんどくさそうな顔をして「おれはいいよ」と言われてしまいました。ひー (゚ー゚;

やばいやばいとあせりながらも、「でももう呼んじゃったから。タクシー好きでしょ? ほら、もう来たよ!」と、むりやり誘導。こりゃあもう、人さらいというか安寿と厨子王というか……(^_^;;。でも車に乗りこむと、「ああ、いい天気だねえ」と機嫌を直してくれました。ほんとによかったよ、お天気で

ところがここでまた小さなハプニングが発生。
タクシーで施設の名前を告げてもわからない様子だったので住所を伝えると、運転手さん、カーナビに登録して場所を確認してから「ああ、あの老人施設ですか!」と大きな声で言ったのです。うわわわわ! と、あせるわたくし。でも父は聞こえたのか聞こえなかったのか、なんの反応もなく外を見つめていました。ははは。

ホームは実家から歩いても行ける距離なので、5分ほどで到着。施設の人たちが迎えてくれて、まずはラウンジへ。ここにはコーヒーマシンがあって、入れたてのコーヒーを飲むことができます。

父はコーヒー好きで、かつては自分で豆を選び、ミルでひいて飲むような人だったので、逆に、気に入らないとちゃぶ台返しをします(^_^;; 数年前だったかな、「分梅(ぶばい)のコーヒー屋(たぶんタリーズ)でコーヒーを飲んだら、苦くて飲めたしろもんじゃない。こんなコーヒー飲ませるな!って言ってやったよ」なんて得々と語るので、真っ青になったことがありました。
だから、またちゃぶ台返しされたらどうしようと思ったのですが、「おいしいね!」と気に入った様子。そして「立派な建物だね」と「ホテル」に対してもお褒めの言葉が(笑)。よかった~。そうこうするうちに、担当の看護師さんが熱や血圧をはかりにきたり、問診に来たり。ホテルにしてはどうにもアヤシイわけですが、もうこまかいことは言わない。気に入ればそれでよしです。

こうやってしばらく時間をつぶしているうちに、妹が大荷物をかかえて到着し、わたしたちのうしろをこそこそと通りすぎて(笑)、部屋に荷物を搬入。わたしも父をラウンジに置いて部屋にかけつけ、ふたりで部屋をととのえました。

この日は、食堂のとなりの「ファミリールーム」で、3人でランチができるよう、前もってお願いしてありました。荷物などを片づけると、もうお昼近くになっていたので、ホームの人にお願いして、昼食をとることにしました。メニューは、ふわとろオムライス。スープとサラダ、デザートのフルーツつき。これも父は「おいしい」といって、完食しました。

そのあといよいよ部屋へ連れていくと、担当の若い男性のヘルパーさんが「だいぶおひげがのびましたね。剃ってさっぱりしましょうか?」と言ってくれたので、あとを託すことにして「また来るね」と、ホームを出ました。ミッション完了――ほんとに? こんなにあっさりでいいの?

こうしてこの日は、なんだか半信半疑のままホームをあとにしたのでした。

5日後。父が使っていたレンタルのベッドを回収してもらうため、わたしはまた実家をおとずれました。無事にベッドの解体と搬出が終わると、その下の掃除です。あらゆるものが落ちてます。硬貨、スプーン、なくしたと言っていたお財布……そして、箱に入った日記帳。ん?と思って日記帳を箱から引き出してみると、なんとそのなかから、かつて作り直したまま行方不明になっていたゆうちょ銀行の通帳が! 父は、はがきを持って郵便局に行き、自分で通帳をもらってきて、大切なものだからと日記帳にはさんだきり、しまいわすれてしまったんですね(^_^;; 

「うわあああ」とびっくりしながら妹にメッセすると「やった! それがあれば引き落とし登録ができるかも」とすぐに返信が。そして、週末、妹があらためて引き落としの手続きをしにホームに行き、父を訪ねると、すっかり満足して、落ち着いていたようです。

わたしも3月初め、父のもとを訪ねました。認知症フロアの人たちは、日中はみなラウンジにあつまって、いっしょにすごしています。集団生活がきらいだったはずの父も、ソファにすわっていたので、「部屋に行く?」ときいてみたら「ううん」と拒否。そっか。まあ、よかった。

こんなにあっさりと引っ越して、満足して生活してくれるんだったら、もっと早くやればよかったのかなという後悔も少しあります。でも、やっぱり家族のヒストリーがそれなりにあって、なかなかふんぎりがつかなかった。ちょうどいい潮時だったのかもしれないし、ぎりぎりの限界点だったのかもしれない。徘徊を繰り返すのは、だれもいなくて心細かったからというのが一番大きかったのかもしれません。

子育てに正解がないように、老人の介護にも正解はないよなあとしみじみ思います。

父は、近所のコンビニ(もとは御用聞きの酒屋さんだった)で「つけ」で買い物したり、おとなりの床屋さんに行ってから家に帰ろうとしたら鍵があかなくて入れないといって、床屋さんがわたしに電話をくれたり、近所の人たちにずいぶんと見守られていました。なので、ベッドを回収してもらった日、小さなお菓子を持ってお礼参りをしました。

まだまだ気になることはいろいろあるけど、週に2、3回はケアマネさんから電話がかかってくるような状態にくらべたら、はるかに楽になりました。ありがたや。前回たずねてからそろそろひと月になるので、また訪ねてみようかな。顔を忘れられないうちに。

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2017年4月 4日 (火)

父がホームに入りました――その1――

2011年末に母が亡くなってからずっとひとり暮らしを続けてきた父。

しだいに認知症が進行して「要介護3」になり、ヘルパーさんによるケアや訪問看護、デイサービスをフルに利用して、ここ2年ほどは日曜日以外毎日何かしらのケアを受け、その日曜日にはわたしと妹が交代で通って買い物と食事の用意をするという体制でどうにか乗り切ってきました。
叔母(父の妹)が5年前から近くのホーム(サービスつき高齢者住宅)に入っていることもあって、同じホームに入ってくれたらどんなに楽かといつも思っていましたが、実現はできず。それにはいくつかわけがあります。
ひとつは、本人が集団生活をひどくきらっていたこと。3、4年前に一度、夏の暑い時期を乗り切るため、老人ホームでのショートステイ(10日間の予定)を試したことがあるのですが、1週間めの朝7時ごろわたしの携帯に電話がかかってきて(ホームの人がかけて父に取り次いでくれた)「おれは帰るんだ! 何がなんでも帰るんだ!」とどなりまくるので、あわてて迎えにいったということがありました。そのときわたしは、たまたま法事で茨城にいたので、常磐線で上野へ、そこから新宿へ、さらに京王線で府中へと乗り継いで駆けつけたのですよ。父は若いころから唯我独尊の人。そこへもってきてこのときの顛末がわたしと妹にとっては一種のトラウマになり、よほどうまくやらないとホームに入れるのは難しいという印象を抱くようになりました。

もうひとつは、認知症が進行するにつれて徘徊がひどくなってしまったこと。叔母のいるホームは基本的に出入り自由なので、ホームのスタッフに相談したところ、やはり受け入れが難しいとのこと。昨年の秋には、某警備会社の経営する認知症専門のグループホームが近くにオープンしたので見学に行ったりもしたのですが、そこは各部屋の窓も5センチぐらいしか開かないようになっていて、徘徊対策は万全なものの、好き勝手に振る舞うのが好きな父が、こういうところで納得するだろうかと思うと、ふんぎりがつきませんでした。

そうこうするうちにも徘徊はどんどんひどくなっていきます。
しかも父の徘徊は、スケールがでかくて(?)、近くの府中本町の駅からタクシーに乗っていろいろなところへ行ってしまうのです。初めは年に1度ぐらいだったのですが、昨年は3月に横浜、7月には習志野(!)、8月には渋谷、12月には目黒と、すごく頻繁になりました。なぜかほとんどが月曜日で、訪問看護さんが「お宅にうかがったけどいません」とケアマネさんに連絡を入れ、そこからわたしに電話が来るというパターン。タクシーの運転手さんも、お金も持たずにふらふら歩いてくる老人をよく乗せるよなと思うのですが、父は、面と向かってやりとりするとすごくまともなのです(笑)。しかも本人は仕事に行くつもりでスーツを着込んで歩いているので、ついだまされちゃうんでしょうね。ところが2時間も走ってるとだんだんおかしいと思いはじめ、やがてお金を持っていないことに気づいて、現地の警察に駆けこむ。父は、名前や住所はちゃんと言えるので、府中警察に連絡が行き、そこから包括支援センターを経て、わたしに電話が来るのでした。

習志野と渋谷のときは、幸い父が行きの運賃を持っていたので、ひとりで往復してくれた(帰りの運賃はわたしがあとから振り込んだ)のですが、横浜と目黒のときは完全に無賃乗車だったので、わたしがそちらまで迎えに行きました。横浜のときは、府中に来る前(50年以上前)の任地だった大阪に行くつもりだったようです。運転手さんが途中で止まってくれてよかったけど、どうせならもう少し手前で気づいてほしかった(^_^;; 帰りの車のなかでもすっかり大阪に行った気分になっていて「大阪もずいぶん立派になったね」とご満悦でした(笑)。
目黒のときは、うちに電話が来たのが夜の8時すぎ。わたしが目黒に着いたのは10時前でした。目黒は、父の実家があったところなんですよね。徘徊のひとつの動機が「仕事に行かなきゃ」だとすると、もうひとつの動機は「誰もいない。みんなを探しにいかなきゃ」だったようなのです。帰りの車のなかで「節子さん(叔母のこと)と同じホームに入ればにぎやかに暮らせるよ?」と勧めたら「おれはそういうややこしいのはいやだ」というので「夜警察から電話がかかってきて迎えに行ったりするほうがよっぽどややこしいよ」と言ったら「それもそうだな」と珍しくすなおに言うので笑ってしまいました(と同時に、「ホーム」は禁句だったなと、ほぞをかんだわたくし)。

そして新年。月の前半を無事に越えたと思ったら、後半の月曜日は二度ともお出かけ。しかも二度目はおそろしく寒い日にもかかわらず近所を歩きまわって、寒さとお腹がすいたのとで道端にうずくまっているところを、通りがかりの人が見つけて救急車を呼ぶという騒ぎになってしまいました。夕方、例によってわたしの携帯に電話が来たのですが、かけてきたのはケアマネさんではなく、その上司の支援センター長さん。警察から「こういうことを繰り返していると死にますよ。早くなんとかしてください」と言われたから、施設を探すようにという通告でした。

けっしてほったらかしていたわけではなく、施設に入ってほしいのはやまやまだけど、ほんとうに入ってくれるかどうかわからないし、よさそうなところは空きがなくてウェイティングリストだし、締め切りも近いし……と、電話をもらったときには泣きたい気持ちだったのですが、妹に「これこれこういうわけで」と連絡すると、「とにかく探そう」ということで意見がまとまって、もうやるしかないと腹をくくりました。すぐ翌日にわたしの地元でサービスつき高齢者住宅(「サ高住」と呼ばれています)を1軒、翌々日に府中でもう1軒見学し、週末にも2軒見て、その2軒めに決めました(早っ)。府中は高齢者が多いから空きがないと思い込んでいましたが、実際に電話をしてみるとひと部屋ふた部屋空いているところはあるもんですね。ちなみに見学は、本人抜きです。
決めたところは「介護つき有料老人ホーム」。サ高住より高いのですが、父はそれなりにお金を持っているし(ただし「預金引き出せない問題」があって、それもハードルのひとつだった。これはつぎの記事で書きます。)廊下もラウンジも広くて開放的なのと、こまごましたところが豪華そうなのが、ポイント高かったです。「入浴は週2回、うちの1回はヒノキ風呂」とかね(笑)。
見学した翌日には施設の人が実家に面談に来てくれて、「2月中旬入居」が正式決定しました。

というわけで、本気でとりかかったらあっという間に入居が決まったのですが、問題はまた本人に伝えていないこと。面談のときも「今日は面談の人がくるよ」と伝えただけで、何の面談だかは話してなかったのです。果たして納得して入ってくれるのか……なんだか長くなってしまったので、つづきはつぎの記事に。(なんでこんなに長々と書いてるんだ(笑))

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2017年4月 1日 (土)

120年前の幽霊譚、途中経過。

昨年の11月からとりかかり、2月に締め切りだった120年前の本、いったん提出してからさらに3週間猶予をいただいて手元で改稿し、3月24日に納品しました。今はゲラが出るのを待ちながら、途中になっていたリーディングを片づけたり、積ん読の本を読んだり、映画を見たりという日々です。でも、やりたいことが多すぎて迷う結果、「うあー」となって結局こうしてブログを書いたりしてるんですよね。どうしたものか(笑)。

さて、ゲラ待ち中の本は、色別の童話集で有名なイギリスの文学者アンドルー・ラングが収集した世界各国の幽霊譚です。古い本だけに、込み入った書きぶりの部分も多々あって、英語そのものにも大変苦労したのですが、実話集なので雑誌や本からの引用やまとめが多く、それも苦労した点のひとつでした。
たとえば、ある本に掲載されていた幽霊譚の再話で「背の高い、男のような姿をしたもの」が、衣ずれの音を立てた、という話が出てきます。この部分の原文は'tall man-like figure'なのですが、訳しながらはたと手が止まってしまいました。「背の高い、男のような姿(あるいは人物)」? 人のようなぼんやりした姿が見えたことの描写として、「男のような」っていうのは、くくりが大きすぎてあまり描写になってない気がします。しかも「衣ずれ」ともうまく結びつかない。一見して男とわかる格好をしているのに、さらさらと音の立つような服を着ていた?? 
しかし古いがゆえにありがたいこともありました。それは、引用元の本や雑誌のかなりの部分が電子化されてウェブ上にアップロードされていること。問題の部分も出典を探し当てることができました。するとなんとこの幽霊は"tall and draped like a nun"つまり「背が高くて、尼僧のようなゆったりした服を着ていた」のです。あ~、それならすんなりイメージが浮かぶわ。比喩としても「尼僧のような」ならぴんと来ます。ラングさん、"man" と"nun"を見まちがえたのでしょうか?……昔の活字だとつぶれて読みにくかったかもしれないし、あり得ないことではありません。
もうひとつの悩みは、「重訳」でした。中国やロシア、アイスランドなどの伝承も数多くおさめられているので、各国語を英語に翻訳したものをさらに訳すことになります。
これは、かつてわたしが共訳者のひとりとしてたずさわった「アンドルー・ラング世界童話集」も同様でしたので、ある程度は割り切るしかないのですが、こんどの本はファンタジーではなく、多くが「実話」とされるものなので、調べられるかぎりは調べたい。たとえば『アイスランドの民話と伝説』(Íslenskar þjóðsögur og ævintýri)という物語集に掲載されている18世紀の「実話」の冒頭に'sheriff' と称される人物が出てきます。アメリカだと「保安官」と訳される役職ですが、英国では「州長官」を指すらしい。でも舞台はアイスランド。家に取り憑いた悪魔とsheriffが対峙する話なので、行政官よりは警察を兼ねた保安官的な役割のようにも読めます。
悩みながら、図書館で借りてきた『北欧アイスランド文学の歩み』(清水誠著、現代図書)という本をざーっと眺めていたら、アイスランドには'sýslumaður'と呼ばれる地方長官がいることが記されていました。そこではっと思いあたって、この物語のアイスランド語の原典(これもウェブ上にアップロードされている)の冒頭を見てみると、たしかに'sýslumaður'の語が。発音の仕方すらわからないけど(たぶん「シスルマズール」?)安心して「地方長官」と訳すことにしました。
……もうこのあたりになってくるとほとんど意地というか、地方長官でも保安官でもいいような気もするのですけどね。でも、細部を少しずつおろそかにすると、全体にゆがみが出てキレが悪くなると思うのです。とことんまで調べられるのはヒマな証拠でもあるので(笑)複雑っちゃ複雑ですが、手をかけられるかぎりはかけていきたいなと。
まだ第1段階が終わったところで、これからゲラのやりとりが始まるので、またがんがん直しが入るだろうと思いますが、わたしがたずさわった仕事のなかでもかなりユニークな部類に属する本なので、自分の心覚えも兼ねて、途中経過を記しておく次第です。

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2017年1月 7日 (土)

ニューヨーク&ニュージャージーに行ってきました

9月から夫がアメリカに赴任になって、今、マンハッタンの対岸(ニュージャージー州)でひとり暮らしをしているので、昨年の12月22日から27日まで、久しぶりのアメリカに行ってきました。

前回ニュージャージーにいたのは92年から93年にかけて。そのときは夫がコロンビア大学に留学していたので、家族で対岸のニュージャージー州フォートリーに住んでました。長男が6歳、二男が2歳、三男はまだ生まれてなかった(^_^;;

フォートリーはマンハッタンでいうとだいぶ上のほう、170丁目あたりの対岸ですが、今回のアパートはミッドタウンの対岸。窓から、そりゃあもう見事な夜景がおがめます。これでもマンハッタンのなかに住むよりは、若干安いそう。

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空港に着いたのは夜の7時ごろだったのですが、クリスマスのせいか入国審査がものすごい長蛇の列でなんと2時間もかかってしまいました(>_<) 荷物を預けず手荷物だけにしたのも意味なし。夕飯は降りてから食べられるかなと機内で食事をひかえめにしたのですが、家についたのは10時だったので、この日はビールと「緑のたぬき」で手を打ちました(笑)。おいしかったよ。

翌日(現地23日)は、さしたる時差ぼけもなく元気だったので、さっそくマンハッタンへ。アパートからフェリー乗り場がすぐ近くなので、フェリーでハドソン川をわたって、マンハッタンのなかは徒歩でまわります。便利。

おのぼりさんしました。

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ロックフェラーセンター。写真や絵で何度も見てるけど、「ほんとにスケートしてる~」みたいな感じで確認(笑)。

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日本食の店は、23年前にくらべてずいぶん増えたなと。ちょっと謎な店も多めでしたが。でも以前のように、社用族むけの高級な日本料理店プラスラーメン屋が1、2軒というのではなく、現地の人がふつうに楽しめる店が多くなった印象。

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ミッドタウンは、お店のエントランスがみな華やかに飾りつけられていて、どこもクリスマス気分満点。買い物しなくてもおなかいっぱいになりました(笑)。ただトランプタワーのとなりのティファニー(右の写真)だけはかなりとばっちりを食っている印象でした。写真ではよくわかりませんが、いまも歩道にマシンガンを持った警備員が構えているという警戒ぶりで、「ティファニー」って言わないと通してくれません。店の中に入ると、ティファニーブルーのスカーフをした店員さんたちが満面の笑みで迎えてくれるのですが、その雰囲気の落差がかえって異様さを引き立てていました。お気の毒です。

こうして、この日は町をぶらぶらしたあと、小籠包の店で会社の人と落ち合い、おいしい中華料理で遅めの昼食をいただきました。夜は家に帰って、昼間日本食スーパーで買ったお寿司とビールとおつまみで終了。夢の生活だな(笑)。

24日クリスマスイブは、朝からけっこうな雨で、こんな感じ。

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そこでまずは近所のスーパーで食品などを購入。9時前というかなり早い時間にいったのに、どこもわさわさしてました。やっぱり24日って日本の大晦日の雰囲気なんですよね。みんなプレゼントとか、食べるものとか、最後の買い物に走り回ってる。

そんななか、あーやっぱりアメリカだなと思う商品たち。

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こんな色のアイシングってありですか? あと右のベーグルもすごい(これは、翌日フォートリーの店で見たもの。ベーグルなんですよ、これ。レインボーベーグルって書いてあった。) 

日本食スーパーは便利だけど、やっぱり現地のお店もおもしろいな~。もっとゆっくり見たかった。

午後から少し天気が回復してきたので、「そうだ近代美術館に行ってみよう!」と出かけたら、チケット売り場がものすごい列で断念。「じゃあ自然史博物館はどうかな」と地下鉄でアッパーウェストに回ってみたけど、そっちも大混雑で断念(>_<)。ニューヨーカーは、クリスマスイブに博物館に出かけるものなのか? 

そんなわけで、この日もただのぶらぶら歩きになりました(笑)。

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そうそう、ミッドタウンでおそば食べたんだ。ちょっとそば粉少なめ?だったけど、出汁はおいしかった。店員がアメリカ人のおねえさん。

Dsc_0493_r セントラルパークの観光馬車。白馬がすてき。

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アッパーウェストの老舗デリカテッセン〈ゼイバーズ〉。もう、これでもかっていうくらい混んでて、アメ横みたいな雰囲気でした。以前フォートリーに住んでいたときは、たまにここでチョコレートケーキやベーグルを買ったりしてました。ほかにも興味深い、おいしそうなものがた~くさんあるのですが、どれもこれもほしいものばかりだと、結局ながめるだけで終わっちゃうのよねえ。混んでたし。

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人でごった返しているミッドタウンとちがって、アッパーウェストは静かな住宅街の趣き。道標が茶色の地区は、風致保存地区なのだそうで(ほかのところは道標が緑色)それもあって、昔ながらの町並みが残っているようです。

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ふらっと立ち寄ったカフェ。カプチーノとデニッシュ(「アップルシナモンバン」)がばつぐんにおいしかった。あと、トイレがきれいで感心しました。(Cleaning Logというチェック票が貼ってあって、何時にトイレ掃除したかこまめに書き込んであった。)前日、ミッドタウンで入ったおしゃれなカフェは、トイレがめちゃめちゃ汚かったんですよね。以前ならこれがアメリカ基準だよなあと思うところなんだけど、じつはフェリー乗り場のトイレもすごくきれいに掃除されていて、ちょっと意外でした。昔は港とか川べりなど、水辺は治安が悪くていろんなメンテナンスもされていない印象だったので。再開発の成果なのかな。

そのあとこのカフェから歩いてちょっとのところにある書店、バーンズ&ノーブルで児童書を何冊か購入。こういうところで本を買って読んだら運命の出会いが!……な~んてことがあったら夢のようなんですが、読んでみたらまあほどほどでした。うん。また次さがそう(笑)。

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イブのマンハッタン夜景。この景色だけでワインのつまみになる。(どんな感想だ。)
夜はアパートの近所のギリシア料理レストランで。おいしかったけど、何しろ量が多い。リゾットなんか、食べるそばから増殖してるような気がしました(笑)。おいしかったんだけどね。

さて、初日はなんでもなかった時差ぼけですが、日を経るにしたがって、どんどん早く目がさめるようになりまして、25日クリスマスの日はもう午前4時には寝るのをあきらめてバーンズ&ノーブルで買った本を読んでました。

でもそのおかげでこんな光景が。

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左の写真の月とマンハッタンを見てると、80年ごろにはやったクリストファー・クロスの歌(映画『アーサー』のテーマ)を思い出します。
"If you get caught between the moon and New York city. The best that you can do. The best that you can do is fall in love. "

まあ、なんだかんだ特別な街ですわな。

そして、フェリーで行き来してあらためて思ったのですが、ハドソン川を越えてニュージャージーに戻ってくるだけで、なんか少しほっとするような、田舎ふうな雰囲気に包まれるんですよ。千葉とか埼玉みたいな感じ。ふしぎです。

25日は、そのフェリーもお休み。お店も、日系や韓国系の店以外は休みです。ほんとに元旦みたいな雰囲気。

じつは、わたし、2009年からメジャーリーグを真剣に見るようになって、ボルティモア・オリオールズのファンになったのです。今回、ぜひボルティモアに聖地巡礼に行きたくて、この25日に行こうかどうしようかと真剣に悩みました。でもNYから車でも電車でも3時間~4時間ということでけっして近くはなく、また時差ぼけも極限に達していたので、あきらめることにしました。つぎは野球のシーズン中に、ちゃんと計画を立てて行きたいです。

そんなわけでこの日はのんびりと近所を散歩。とても暖かい日で、しばらく歩いたら汗ばむほどでした。夜はおうちごはん。前の日にWholeFoodsという食品スーパーで買ったラム肉。やわらかくておいしかった。

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で、もう翌日26日の朝、JFKに向かって帰国の途へ。こうして振り返ってみると、あわただしい旅だったな~。でもまあ、ひとり暮らしの父もいるし、家にねこもいるし(ねこは息子たちが面倒を見てくれるけど)今回はこれでいっぱいいっぱいでした。

そして帰ってきたら、こんどは朝、寝すぎる時差ぼけが発生。じつは大晦日にベートーベンの全曲演奏会というすごいコンサートに行ったのですが、朝10時ごろに家を出るつもりが、なんと11時半まで寝てしまってびっくり。一緒に行く長男に「起こしてよー!」と文句を言いつつどたばたと駅までたどりついたら、なんと9時半に事故が発生してようやく電車が動き始めたところだったという……10時に家を出ても電車止まってたね……かえってよかったのかも……という不思議なオチで締めといたします(笑)。ベートーベン、すごくよかったです。また行きたいな。コンサートもアメリカも。

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2016年11月19日 (土)

昔の本を訳してます

2月に大学の仕事に区切りをつけ、その後、きんぎょ、アリス、アナ雪と3冊訳し終えたら、ぽっかりとヒマになってしまいました。

なーんとなく、そうなるんじゃないかという予感がしていたんですが(笑)。ほんと、やあね、フリーランスって。
しかし、まあ、ただ座って待っていても仕方がないので、訳稿が手を離れるころからまた持ち込みやリーディングというおなじみの活動を再開しました。リーディングというのは、出版社から預かった原書を読んで、内容をまとめ、かんたんな感想をつけたレポートを作成するというお仕事。おもしろい本に当たれば、ここから翻訳の仕事につながる場合もありますが、なかなかそういうわけにはまいりません。
今年は6月末から10月末までの4か月で12冊リーディングしましたが(月に3冊ですね。わりとがんばったほう)初めが面白くてもどんどん荒唐無稽になってしまったり、面白く読みおえることができても、いざ翻訳出版の対象として推せるかどうかということになると「うーん」と首をひねらざるを得なかったり。しまいには、「こんないじわるな読み方をしているわたしは、もしかしたら性格が悪いんじゃないか」なんて思えてきたり。(そんなふうになってきたら、少し気分転換に面白い本でも読んだ方がいい。)
でもそうやってリーディングしたなかから、1冊出版が決まって、11月から取りかかっています。
120年前にイギリスで書かれた大人向けの本で、物語ではありません。ジャンルは……なんだろう、エッセイ? 当時の社会常識を元に書かれた文章なので、ちょっとした比喩のなかにぽんと出てくる人名がわからずにずーっと調べまわったりして、けっこうたいへんです。「○○卿のように皮肉屋で」みたいな感じで。名前の主がわかっても、その比喩は現代人には通じん!と苦笑したり。原註もたっぷりついている作品なので、あまり訳注だらけにするわけにもいかないし、どこまで説明するか、あるいはさらっと流すか、悩みながらの作業です。
でも、そういうのいやじゃないっていうか、むしろ楽しいんですよね。
ぜったいに読みやすくしちゃる! という翻訳者根性を刺激されます。(なんて大きなことを言って、読みやすくならなかったら大笑いだけど。)
そんなわけで、児童書でも物語でもありませんが、がんばって作業中。2月ごろまでかかる予定です。
ところでわが家は、目下、いろいろ流動化しとります。
9月からダンナさんがアメリカ駐在(ニュージャージー州)になりまして。本来ならついていくところなのですが、ひとり暮らしの父がいて、日曜日は妹と交代で実家に行かなくてはならないし、緊急の呼び出しもちょいちょい来るという状態なので、ちょっと難しい。
ねこもいるし。
そんなこんなで、夫はアメリカ、わたしと息子ふたりとネコが埼玉。三男は、ダンナとふたり暮らししていたアパートにそのまま住んでいて都内という状況(でもこのアパートもどうするか……)。
クリスマスには、5日間ほどダンナさんのところに行ってこようと思ってます。
ほんとはメジャーリーグのシーズン中に行きたいんですけどね(笑)。来春が狙い目。
不安要素もいろいろあるんだけど、「どうなっちゃうんだろう」と考えはじめるとどんどん縮こまってしまうので、「なんとかなるさ」の精神で生きております。(適当だな!)
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さっき、だんなさんからバースデーの花が届きました。だんなのバースデーは10日前だったんだけど、わたし見事に忘れたんですよね(>_<) いつもごめん。

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2016年6月 9日 (木)

おならをするきんぎょのおはなし

アリスとちょうど同じころに作業をしていて、ひとつゲラを返すともうひとつが来るというぐあいに(わたしは心のなかで「ゲラのフーガ」と呼んでいた)うまーくからみあっていた本ができあがりました。

『ペットのきんぎょがおならをしたら……』
(マイケル・ローゼン作 トニー・ロス絵 徳間書店)

作者のマイケル・ローゼンは、『きょうは みんなで クマがりだ』(ヘレン・オクセンバリー絵 山口文夫訳 評論社)でおなじみ。我が家でもずいぶん読み聞かせをしましたし、児童館や小学校の読み聞かせでも、何度も使わせてもらいました。

絵を描いたトニー・ロスも、たのしい絵本をたくさん作っています。わたしは『ひみつのパーティーはじまるよ!』(リンゼイ・キャンプ文 吉井知代子訳 文溪堂)や、『どうして?』(リンジー・キャンプ文 小山尚子訳 徳間書店)、『びっくりめちゃくちゃビッグなんてこわくない』(金原瑞人訳 小峰書店)などがお気に入りでした。

  

まさにゴールデンコンビの作品です。

「きんぎょ」の原書は、さし絵がたっぷり入った、76ページの短い本。絵本よりは字が多いけれど、字だけのページが2ページつづくところはありません。ひとり読みをはじめたばかりのお子さんにも、ご家庭での読みきかせにもぴったりの読み物だと思います。

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これが原書の1ページめと2ページめ。

きんぎょのはなしなのに第一声は"Elvie wanted a puppy." (「エルビーは子犬がほしくてたまりません」)なんです。

どゆこと? つづきは、ぜひ、本を手にとってたしかめてください(笑)。

ところで、このページでは、上から順に地の文と絵があり、その下に手書きっぽい文字で、エルビーの心の声がしるされています。

この心の声の部分を左右じーっと見比べてみてください。1カ所だけちがっていて、あとは同じだということがわかるでしょうか? 

そう、"And she said yes????!!!" と "Yes!!!" だけがちがっていて、あとはいっしょなんです。

子犬がほしくてたまらないエルビーが、ママにそういうと、ママがあっさり「いいわよ」というのが1ページめ。そして、ママが子犬をかいにいくのが2ページめ。それぞれのページの心の声をわたしはこんなふうに訳していました。

1 わあ! ホントに? 子犬かってもいいの?

  ママったら「いいわよ」だって!!

  もう、めちゃめちゃサイコー!

2 わあ! ホントに? 子犬かいにいくの?

  たのしみー! 

  もう、めちゃめちゃサイコー!

つまり原文と同じように、2段めのところだけちょっと変えて、あとは基本的に同じように訳したつもりでした。ところがここで編集部から重要な指摘が入ります。

「1ページめの文と、主人公エルビーの表情が合ってない!」

たしかに、いわれてみれば、これはどう見ても「もう、めちゃめちゃサイコー!」という顔ではありません。でも文章には"How brilliant is that?" (直訳すれば、「とってもすてきじゃない?」ぐらいの意味)とあります。

どゆこと?

う~んと悩んだり、あれこれ調べたりしたあげく、ハッ、と気がつきました。

同じ"How brilliant is that?" が、1ページめと2ページめでは逆の意味で使われているんだ! 2ページめはほんとに喜んでいるけど、1ページめは、本心で「すてき!」といっているのではなく、ちょっと皮肉めかして「やばくない?」ぐらいの意味でいっているんだ……。

英語では、たとえばうれしくないときに "Thank you very much."とあてこすりをいうような、そんな言葉の使い方がちょくちょくあります。そのことは知識として知っていたのに、ころっとだまされていました。ううう。

といっても子どもの本ですから、「まじ? やばくない?」なんて訳すわけにもいきません。

ストレートに、「ママったら『いいわよ』だって。ほんきかなあ……?」と訳すことにしました。

そんなわけで、ゲラをやりとりしながら編集部にも何度か通い、担当の市川夢さんと直接顔を合わせて、文章も、絵の配置その他も、こまかく検討してようやくできあがったのが、この本です。

子犬がどうしてきんぎょにばけたのか、そしてきんぎょがどうしておならをするようになったのか、気になった方はぜひ読んでみてくださいね。とても楽しい作品です。

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オレンジ色のきんぎょは、フェルト製のブローチ。かわいいです

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